2008年10月04日

10/10号 10年間に54ヶ国。足で書いた本年度No.1の傑作


フレッド・ピアス著「水の未来……世界の川が干上がるとき」(日経BP 2300+税)

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今年読んだ本の中で、最高傑作。

中国の黄河の水が涸れかかっているとか、インドでは地下300メートル以上も井戸を掘って農業用水を汲み上げているとか、アラル海が干上がり鉄の船の墓場になっているとかということは、NHKのドキュメンタリ放送などで断片的に知っている。
これからは食料問題もさることながら、水不足が世界中の最大の問題になるということも、分かったつもりになっていた。

しかし、この本を読んで、水問題に対する私の理解がいかに低レベルのものであったかが痛感させられた。
日本では夏、四国、九州、関東などで貯水池の底が見え、時折給水制限が話題になった。
風呂に貯めておいた水でトイレを流すということがニュースになったりする。
日本における水不足はその程度。
したがって、私だけではなく、ほとんどの日本人は世界が抱えている水飢饉を実感出来ないでいる。

著者はイギリスだけでなく欧米では著名な環境ジャーナリスト。
自分の不勉強を曝すことになるが、翻訳されているものだけでも「写真が語る地球激変」(ゆまに書房)「ダムはムダ」(共同通信)「緑の戦士たち」(草思社)「地球は復讐する」(草思社)などがあるという。
環境関係の著書には、マスメディアで発表されている数値を羅列しただけのものとか、インターネットで検索したデータに基づく、といったものが横行している。
とくに、最近はネット情報がやたらと幅をきかせている。
したがって環境関係の本で、心を打つものは20冊読んで1冊あれば良い方。

ところが、この本は10年以上の歳月をかけ、世界54ヶ国を訪れている。
いわゆる「足で書いた」本。
現地に飛び、住民や関係者の意見をしっかり聞いている。そして、いろんな水や環境会議に出席して議論をしたり、各地で共同研究までしている。
そうした各地の研究者の実名がポンポン登場する。
著者は、単なるジャーナリストではない。
水問題の研究者であり、専門家以上に造詣が深くその守備範囲は多岐にわたっている。そして、丹念に現場を調査するだけではなく、それぞれの地域の固有問題を、歴史を遡って綿密に調査している。
このために、環境関係本では珍しく、噛めば噛むほど味が出てくる。本年度の最高傑作と言うのは、決して大袈裟な表現ではない。

例えば黄河。
黄河の水は1972年に、初めて海まで届かず途中で流れが涸れてしまった。
それ以来、1998年までの26年間、黄河は三角州の途中までしか流れなかった。
一体、何がいけなかったのだろうか?
1つは干ばつ。
歴史的に、黄河の平均年間流量は57km3だったが、1990年の終わりには平均で43km3しかなくなった。(1m3は1トン。つまり1000リットル。これはバスタブ3杯分に相当。1km3はバスタブ10億杯分。オリンピックプールだと30万個以上。ちなみにロンドンのテムズ川の小さな川は2から3km3。世界最大のアマゾン河は6000km3)
これは、温暖化の初期のサインとも考えられるが、河の流れが途絶えた最大の理由は灌漑用水と大都市の水を賄うために流れを堰き止めしたがため。
黄河全域に点在する国家による灌漑プロジェクトは7万5000km3を覆い、黄河の水の大半を吸い上げている。

中国を代表する黄河の水の流れが海まで届かないと言うことは、国家としての恥。ということで、中国政府は黄河水利委員会という巨大な組織を設置している。
鄭洲にある委員会の本部には、壁一面に巨大な黄河の電子マップが設置され、リアルタイムで主要な水文学的なデータが表示されている。
下流域の流量を監視する自動モニターが数十個も設置され、そのうちの1つでも限度を超える水位の低下を感知すれば、たちまち警報が鳴り響く。
オペレーターはつねに各地域の取水量を把握していて、ボタン1つで水門を閉じたり、ポンプを逆回転させたりして不法な取水をやめさせる。
こうして黄河は完全に管理され、なんとか海まで水が届くようになった。

このように黄河を完全管理出来るようになる前に、やらねばならないことがあった。
それは上流部での非効率な灌漑法の改善。モンゴル自治区の各省では、小麦を生産するのに下流域の4倍の水を使っていた。このため、ほとんどの水が上流部で使われてしまっていた。
次は水源地の半世紀に及ぶ大々的な緑化活動。
黄河と呼ばれるように、土のシルト(砂や泥の堆積物)が多くて透明な水ではない。
このシルトが中国政府の悩みの種。指導者の面目を失わせる出来事が山門峡ダムの完成後に間もなく起こった。このダムは電力を生み、下流域に安定した水を供給する毛沢東の偉業の1つとして輝くはずだった。
しかし、2年もたたないうちに貯水池は黄土高原から運ばれてくる土砂で埋まり、ついに黄河は100kmにも亘って堰止められ、支流の河が氾濫を起こしてしまった。
現在でも20ヶ所の大規模貯水池に100億トン以上の土砂が埋まっている。
この山門峡の失敗に学んで、黄土高原の急斜面を階段状に整地して木を植えた。
「むき出しの山を緑の田園に」というスローガンのもとに3万人もの労働者が一斉に動員され、今まで1/3が完成されているという。そして2010年までに雨裂を流れる土水を堰き止める6つのチェック・ダムを造る予定という。
それでも足りないので揚子江の水を黄河に流す「南水北調プロジェクト」がスタートしている。筆者はこの成果はほとんど期待出来ないと予言している。

黄河とシルトの物語は8000年前にも遡る。
この河の氾濫で肥沃なシルトを利用した作物作りが行われた。しかし、毎年雨期に大洪水を起こし、流路を変える。そこで、農民は堤防を築いて黄河の流れを保とうとした。
それ以来、黄河はシルトを拡散することを止め、シルトは河底に堆積するようになった。
川底が毎年上がるので、毎年堤防を上げる必要があった。こうした周囲の耕地よりも川底の方が高い「天井河」になってしまった。
こうしてBC600年から1950年の約2500年の間に、高くなった堤防が洪水を支え切れずに26度も黄河の流路が変わった。およそ1世紀ごとに変わった勘定。
大洪水はしばしば王朝を破滅に追い込んだ。黄河の氾濫は、皇帝が天からの信任を失ったものと考えられたからだ。このため、水を治めることが國を治めることであり、すべての皇帝は黄河のシルト対策に翻弄されたというのが中国史である。

1938年、日中戦争の時、中国の将軍は日本軍の侵攻を防ぐために、800名の兵士を派遣して400年前に作られた堤防の下に爆弾を仕掛け、黄河を決壊させた。この結果3省にわたる村や町が浸水の被害を受け、数百万人もの民衆が民家を失い、最終的な死者は89万人にも及んだと中国の史家は述べている。
それに匹敵するか、それ以上の危険が、シルトで異常なまでに川底が高くなった現在の黄河にも潜んでいると著者は語る。
かつては海まで水が流れ、シルトの半分は海に達していた。しかし、今日では海までたどり着くシルトは10%。残りが河底を高めている。
幸い、このところ干ばつのおかげで水位は低く、氾濫は避けられている。
しかし、中国の科学者にそのことを尋ねると、とたんに歯切れが悪くなるという。
黄河管理委員会の楽観的なメンバーでもシルトを少なくすることは出来ないという。
中国がこの50年間やってきた黄河の築堤工事は、万里の長城に匹敵するものだと著者はいう。
しかし、黄河の激怒から逃れることは出来ない。大惨事が起こるのはそう遠いことではないという結論から逃げることは難しい……と。

こうした説得力のある物語が30編も続く。
面白い話が次から次へと登場し、息をつく暇もない。とても、全部を紹介することは出来ない。

しかし、もう1つだけ沖大幹東大教授の解説を付け加えておきたい。氏は次のように解説している。
この書は日本に馴染みの少ない中近東やアフリカの砂漠地帯を多く取り上げている。
文明が起こったのは、ナイル川下流やチグリス・ユーフラテス川流域の乾燥地。
水と緑が豊かなアマゾン川でもミシシッピ川流域でもなかった。何故か?
考えて欲しい。湿潤な土地は自然が豊かだが、住む場所には適さない。いつ洪水が起こるか分からないし、家を建てて定住するには不適当。
そして湿潤地は、病原菌をはじめ、農業の敵となる病害の虫も多い。
こういう土地では、いきなり人が大勢集まり、文明を発展させるにはあまりにもリスクが多すぎる。条件が悪すぎる。
ゆえに、大河が近くを流れていて、その大河から安定して灌漑が出来る乾燥地で最初の文明が生まれた。
こうした乾燥した砂漠は、水さえ確保出来れば農業に極めて有効な土地。
植物の光合成に必要なのは水、二酸化炭素と太陽光。
乾燥地では大切な太陽光が一杯ある。

こうした乾燥地で人類は、実にうまく川の水を灌漑し、雨水をうまく使い、涸れない古代の泉「カナート」をつくってきた。
それが、アスワンハイ・ダムをはじめとしたダムの一時的な効果で、過去の知恵は忘れ去られようとしている。それらの知恵を著者は掘り起こし、地下の帯水層に依存しない
水利用の効果的な循環を説いている。
本書は、明るい未来を創るうえで、具体的に役立つ情報と示唆を与えてくれている良書である……と。


※10月12日まで、パッシブハウス調査隊に加わり旅してきます。
最初はパソコンを持参しようと考えましたが、旅行中は調査に専念すべきだと考えました。
したがいまして、5日分と10日分を前倒しで掲載いたしました。
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2008年09月30日

國が進めるリサイクルの欺瞞性を徹底糾弾!


武田邦彦著「偽善エコロジー」(幻冬社新書 740+税)

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あるテレビ局。
スタジオも豪華で社員の年俸もバカ高いので有名。
高級車に乗り、豪華なマンションに住み、冷暖房をふんだんに使い、ムダな深夜放送をやっていながら「江戸時代はローソクで生活していました。みなさん電気を節約して、慎ましい生活で地球の温暖化をふせぎましょう」とホザいている。
そうかと思えば「エコパックを用意し、レジ袋の追放に協力しましょう」とか「冷房温度は28℃にしましょう」と偽善者ぶって聴視者をお説教している。
これらの放送を聞くたびに著者は気分が悪くなるという。
謹厳実直で、自ら率先してやっているのなら許される。
自分は25℃のガンガンに冷えたスタジオに居て、庶民を見下す姿勢のアナウンサーなどを、誰一人として納得し、好感をもって観るわけがない。

そうしたテレビ局が、ダイオキシン問題で大失態をやらかした。
焼却炉の煙で、所沢周辺の野菜に毒がまぶされているかのように報道した。
とくに幼児を抱えた若い主婦には心配であると。
そして、ダイオキシンとか環境ホルモンが、日本全土を汚染しているかのような報道が、いかがわしい多くのアジテーター達と歩調を揃えて喧伝された。
住宅業界でもエセエコ派が、わが者顔でのさばった。
「PVCサッシは使ってならない」とか「ビニールクロスは百病の素だ」とか。
その時の影響で、今でもダイオキシンは毒物であると信じている人が大勢いる。
そして、農家が春先に枯れ草を野火で焼いたり、隣家で落ち葉を燃したり、キャンプで焚き火をしたりしているのを見て「ダイオキシンが出るからやめろ!」と叫ぶ、ナンセンスを絵に描いたような光景を目にすることの哀しさ。

ダイオキシンの毒性が叫び始められてからもう40年近くなるという。
東大医学部の和田攻教授は「ダイオキシンで一般の人々の健康に障害が与えることはない」と断言したが、事実はそのとおりで、未だに一人の患者も出ていない。
もし、燃える火からダイオキシンが出て危険なものであったならば、人類はかなりの昔からダイオキシン病になっていたはず。
灯油が出回るまでは、田舎での暖房はもっぱら囲炉裏の火であり、コタツの炭火であった。
合掌造りで有名な五箇山の民家。不完全燃焼の薪や木の根っこの煙で、家の中はススだらけ。三階の梁まで真っ黒になっている。しかし、その民家に住む人々が、遠くの祖先まで遡ってもダイオキシン病に罹ったという話を聞いたことがない。
焼きとり屋。炉端焼き屋。
好きなお父さんは毎晩焼きとり屋へ通い、ダイオキシンにまみれの焼き鳥を食べている。しかし、飲み過ぎで肝臓病になっても、焼き鳥でダイオキシンの毒に当てられたという事件は1つも起こっていない。
お父さんよりも、毎日焼き鳥を焼いている大将の方がはるかに危険にさらされているはずだが、大将はピンピンしている。

つまり、テレビ局の大チョンボで、日本國中に「焼却は悪」という先入観を植え付けてしまった。これに対して、当のテレビ局がどれほど反省し、ダイオキシンは無毒で無害であるというキャンペーンを張ったか。
それこそ「ダイオキシンは無毒です24時間生放送」というキャンペーンを張り、間違いを訂正する責任がある。
それをやらずに、ペコちゃんとか白い恋人とか赤福の企業姿勢を追求する資格は、当のテレビ局には一切ない。誰が反省なきテレビや新聞を信用するか!

さて、なぜこれほどダイオキシンにこだわったかというと、ゴミの分別回収とか、リサイクルが叫ばれて、ゴミなどを焼却することは「罪悪である」という観念を日本人に植え付けているから。
そして、ダイオキシン問題は、とんでもない社会のムダを生むと共に、官僚の天下り先を用意するのに悪用され、国民には何一つ役に立っていない。

よく、ゴミの分別回収でドイツが優れているという報道がなされている。
たしかに、いち早く分別回収を軌道に乗せたドイツは、文句なく素晴らしい。
しかし、ドイツの家庭では、家庭での料理の時間が短く、料理の種類も非常に限定されている。ドイツのシステムキッチンは素晴らしい。だが、壁際の立ち上がりがないので、水をジャブジャブ使って魚を捌くことが出来ない。
ほとんどがオーブンのチンで済んでしまう。このためドイツの調理用エネルギーの消費量は、先進国で一番少ない。

生ゴミのほとんど出ないドイツ。それ以外のごみを細分別して回収している。
ところが、日本でゴミを細分別しようと思えば大変なことになる。
例えば納豆。
まず、白い発泡プラスチック容器に納豆が直に入っている。納豆をとりだし、これを洗わねばならない。
そして、納豆の上にかけてある薄いフィルム。これも洗う必要が…。
おつゆの入った透明な袋とカラシの入った袋も洗い、分別しなければならない。
マヨネーズやペットボトルなどは本体とキャップを分別しなければならない。
これらを徹底的に分別したところで、実際にどれほど効果が上がることか。

ペットボトルはリサイクル法によって自治体で回収することになっている。
ペットボトルは2002年で50万トン以上生産されている。しかし、自治体で回収されているのは40%程度で、その資源の再利用率にいたっては数%にすぎない。
自治体はペットボトルの回収にキログラム当たり405円もの税金をかけている。それなのにほとんど再利用されず、中国などへキログラム50円で売ったりしている。
つまり、ペットボトルは税金を使いながらほとんど再利用されず、実質は役人の天下り先を用意したにすぎない。

次は古紙のリサイクル。均質な新聞紙の場合は別にして、古紙のリサイクルは難しい。
アマゾンの森林が伐採されるのを見て、紙はリサイクルして使うべしという環境運動が起こった。そして役所は、コピー用紙は再生紙に限ると決めた。
しかし、紙の回収にガソリン車が使われる。工場へ運んでホッチキの金物、カバー等に使われているプラスチックを除かねばならない。そしてカラー印刷されているのを石油で漂白し、使った薬品の処理に水と石油が使われる。カラー印刷された古紙のリサイクルは、大変環境を汚すもの。
そして今年早々に、製紙会社は軒並み「地球に優しい古紙の利用」で虚偽の報告をしていたことが天下に暴露された。各社のトップと役所のトップは国民を騙したという社会的責任で、全員辞職すべきであった。それほど恥ずかしい偽装事件。

紙は自然が作りだした樹木を使って作る。新しい木材を育て、これを活用する方がリサイクルでエネルギーを浪費するよりもはるかに自然にやさしい。
牛乳パックも同じこと。
ただ、自然を利用するには1つの法則がある。それは、新しく成長する範囲内で使わせていただくということ。
日本の山林に放置されている間伐材をはじめとしたチップ適用材。リサイクルよりも、それを積極的に活用することを急がねばならない。

紙数が限られているので紹介は省くが、家電のリサイクル法はもっとひどい。消費者からカネを巻き上げておいて、半分以上はリサイクルではなく中古市場へ流し、業界全体でピンハネするというこれまた史上最悪の偽装行為を行っている。
この大がかりな偽装行為にも天下り役人がからんでいる。
リサイクルを止めれば、税金は5000円以上減る。困るのは毎年1億円ぐらいの税金をもらっている約3万人の役人共だけ。

そして、著者が強調しているのは、ゴミの分別は(1)金属類 (2)その他の2つに分けるだけで良いという点にある。
(1)間違えて金属類までまとめて出しても、それを選別することが可能になっている。 
(2)その他をまとめて出してもらうと、分別して個々に運ぶよりも運搬費が安くてすむ。そして日本は生ゴミの比率が多いので、ペットボトルやトレイなどのプラスチックや紙が混ざっていた方が、生ゴミがよく燃える。

日本の焼却炉の技術は世界一。
焼却温度は1000℃以上でダイオキシン発生の心配は皆無。
そして家庭用のゴミを、金属を含めて全部まとめて焼いても成分は4にきちんと分けられる。
(1)CO2と水 (2)飛灰 (3)土 (4)金属。
このうちの飛灰に危険物が入ってくる。水銀、鉛、カドミウム、ヒ素など。
しかし、土であるスラブやメタルの中にはほとんど毒物は入らない。とくに土には少なく、焼却炉から出た土は、海の埋め立てにも使えるほどだという。

つまり、日本はゴミの分別回収という面ではドイツに大きく遅れた。しかし、焼却炉の技術開発で、必要以上の分別を行う必要がなくなった。そして、3万人の役人を喰わせるための古紙、牛乳パック、ペットボトル、トレイ、家電リサイクルを止めれば、税金を安く出来る。
その裏付けを、独自の調査によるデータで示していて説得力がある。
ドグマを破ってくれた著書に、衷心より感謝したい。
posted by unohideo at 10:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

財務省の無能さを内側から告発した異色の財務官僚!


この欄の7月10日付で竹中平蔵著「闘う経済学」を、8月30日付で中川秀直著「官僚国家の崩壊」を取り上げた。
実は、その前に取り上げなければならない本があった。
それは、今年の3月に刊行された高橋洋一著「さらば財務省!」(講談社 1700+税)。

この本は、小泉改革の舞台裏を見事に解説してくれていた。
そして、この異色の財務省官僚が居たから、郵政民営化や道路公団の改革、霞ヶ関の埋蔵金、公務員制度改革の道筋が具体的に描き出されてきた。
つまり、小泉氏や竹中氏、あるいは猪瀬氏、安倍氏のすぐれた裏方であり、頭脳の一人であった。それだけに、小躍りしたくなるほど面白かった。
しかし、この本を大きく取り上げると、自分の政治信条を表明することになりかねない。
経済人は経済に関して発言すべき。
住宅業界の仲間で、政治家にすり寄ったり、政治を道楽視している者が若干いる。
かつて、そんな輩のためにホームビルダー協会を潰された苦い経験がある。したがって、出来るだけそんな人を避け、政治的な発言は控えてきた。
そして、その延長線上でこの著の紹介を躊躇してきた。
しかし、中川秀直著「官僚国家の崩壊」を正しく理解するには、どうしてもこの著を消化していただかなければならない。
そこで、半年遅れとなったが、取り上げることにした。


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著者は少年の時から数学が得意。将来は学者になるのが夢だった。
東大の理学部数学科に進み、正式採用ではなかったが統計数理研究所に助手付きの個室をあてがわれ研究員として迎えられていた。ところが、年長の博士にその職場を奪われてしまう。
数学科の卒業とともに経済学部に入り、籍だけは置いてあった。やむなくその経済学部を卒業し、役人になるつもりはなかったが大蔵省に入所。
ご存知のとおり大蔵省は東大法学部の超エリートが蝟集する日本一の頭脳集団だという固定観念がある。その中に数学者が紛れ込んだというわけ。

ところが、内部から見ると個人としては優秀だが、団体としては「省利・省益」しか考えていない人の集まり。なぜこんな誤謬がまかり通っているかというと、東大法学部を出て外界とは隔絶された「霞ヶ関の内なる理論で純粋培養」されているから。
そして霞ヶ関の住人になると、自分の頭で考えることは止め、時代遅れの役人論理にひたすら従うだけとなる。年功序列は、そうすることによって将来が約束されるシステム。
福田和也慶大教授は「幼稚とは、一番大事なことが分からないことをいう」と喝破しているが、その幼稚集団に成り下がっている。

東大法学部卒の官僚達の最大の欠点は計数に弱いこと。
いろんな計数を並べているが、いずれも自分の頭で考えたものではなく、知り合いの学者から仕入れた知識であり理論にすぎない。要は聞きかじり。
数学では、頼りになるのは自分の頭だけ。
解を求めるために、誰かに協力を仰ぐことはまずない。
ロジカルに数式を組立て、ロジカルに解いてゆくだけ。
理系の専門分野の人間は、独自に作業を行うということに慣れている。
これに対してゼネラリストの文系は、組織でなんとかしょうと考える。組織に媚びないと生きてゆけない。これが年功序列システムを維持し、省の拡大化を図る主因。

1997年、橋本内閣は行革の一貫として財投改革を断行した。
そのとき金融機関のリスク管理が問題になってきた。アメリカでALM(資産・負債の総合管理)が開発されていた。しかし、文系が主力の大蔵省にはこの数理的なシステムを開発出来る者がおらず、大蔵省そのものが破綻寸前だった。
そこで理財局長から呼び出しがかかり、3ヶ月間という驚異的なスピードで著者はALMシステムを完成させ、「中興の祖」とまで言われた。
つまり、新しい事態に対応する能力が法学部出身者にはなかったということ。
そして、それ以降の郵政民営化でも著者のこの特異な数学的な能力が、単にリスク管理だけにとどまらず、政策コスト分析という新分野でも発揮され続けてゆく…。

最初に行ったのは道路公団の債務超過問題。
審議会に集められる「ご用学者」は、一様に「道路公団は6兆円から7兆円の債務超過」だと言っていた。もし、債務超過なら民営化は出来ない。民営化反対の論拠にもなっていたし、民営化を食い物にしたい人々の思惑も絡んで見えた。
そこで著者は、補助金と高額の高速道路料金収入、つまりキャッシフロー分析の手法を取り入れ、自分で細かく試算してみた。
すると、結果は債務超過どころか2兆円から3兆円の資産超過。
このように、国土交通省は役人の利益を守るためにウソをついていた。
それを見破ったのが、猪瀬氏に頼まれて試算した筆者。

次は郵政の民営化。
この話は長いので、はしょって紹介する。
筆者は竹中大臣の要請で民営化の準備室に入り、分社化の方法などの細部を詰める。
しかし、コンピューターシステムが期間まで間に合いそうにもないということでデッドロックに乗り上げてしまいう。
そこで加藤寛氏を座長とするシステム研究会を立ち上げ、郵政側の80人のシステムエンジニアと話し合いを続け、1年半で完成する見通しを得る。これも理系官僚だから出来た芸当。
そして、郵政民営化を初めて数値化してしまった。

次は霞ヶ関埋蔵金。
これは1年前、当時の中川秀直幹事長が「特別会計の積み立て・準備金」を指して「国民に還元すべき埋蔵金」があると発言して、にわかに脚光を浴びたもの。
キャッシュフロー分析というレーダー探査で調べた結果、財務省で44.2兆円を筆頭に50兆円以上の埋蔵金が発見出来た。
このほか国交省の道路特別会計で6兆円の余剰金があり、独立法人をこまかく探査すれば20兆円に及ぶと筆者は試算している。

この埋蔵金が問題になったのは増税の是非。
ご存知のように、日本には834兆円にも及ぶ粗債務があると財務省は言う。
したがって、国民皆保険と年金を維持するためには「増税」が避けて通れないと口を酸っぱくして語っている。
しかし、日本ほど政府が多額の資産を持っている國はない。その額は2004年末で538兆円。差し引くと純債務は300兆円に過ぎない。どうしても増税しなければならないというほど切羽つまった状態ではない。

日本の政治家は大きく2つに分けられるという。
1つは「小さな政府」を唱える党人派。
これは自民党、民主党の党派に関係なく、党人派に共通する現象だという。
もっとも党人派の中には、地場ゼネコンの代弁者も多く、全てが「小さな政府」派という訳ではないが、増税よりも改革の必要性を理解してくれるという。

これに対するのが「大きな政府」派。
これは、官僚出身議員と労組出身議員に共通する現象。
言われて調べてみたら、参議院民主党の25人がこれに該当する。
自民党は世襲議員が多くなってきており、新しい議員を擁立することが難しくなってきている。このため、役人で国会議員になろうと考える者は民主党を選ぶしかないという事情が絡んでいるからであろう。
しかし、どんなに新しいことを言っても、官僚出身議員は「霞ヶ関理論」に毒されており、彼等はまさに「過去官僚(完了)」だと筆者はその体験で断言する。

いずれにしろ、国会議員は選挙というハイリスクがある。
これに対して官僚は議席を失うというリスクがない。
ローリスクのくせにハイリターンを得ようと考えている。
1990年以降、中央集権的な手法は世界的に見て限界にきた。
社会主義は破れた。
民間企業はいち早くマーケットのニーズや動きに合わせて制度を切り替えた。
年功序列や終身雇用制度が改善され、能力主義の導入を図って人材の多様化を図った。巨艦主義を改め分社化も進んだ。
それなのに未だに社会主義を信奉しているのが官僚。
彼等の頭にあるのは「霞ヶ関帝国」の領土拡大であり、それを脅かす民営化、特殊法人改革、政策金融改革、公務員制度改革、独立行政法人の切り離し、特別会計の余剰金が俎上にのると激しく抵抗する。
そして、官僚OBの国会議員を巻き込んで増税に走る。
国民のことはこれっぽっちも考えていない。役所の省益が大事というだけの発想。

官僚は、自分たちはパワーエリートだと考えている。自分たちの無謬性を喧伝している。
しかし、旧態依然とした組織と発想から脱皮出来ないので現実から乖離し、日本経済を正しく誘導する能力とポリシーを喪失している。
かくして、官僚バッシングが起こってきた。
官僚の抵抗が成功して、改革が一時的に頓挫することがあるかもしれない。
しかし、時の流れを止めることは、もはや不可能。 
それにしても、凄い内部告発書である。
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2008年08月30日

日本の官僚制度の弊害をこれほど糾弾した著書はない!


私は出来るだけ政治には口を出さない主義。
しかし、政治家の書いた著作はかなりマメに読んでいる方。
この2年間では以下の10冊を読んだ。
・安倍晋三著「美しい國へ」(文春新書)
・小沢一郎著「小沢主義」(集英社)「剛腕維新」(角川)
・小池百合子著「小池式コンセプト・ノート」(ビジネス)「女子の本懐」(文春新書)
・麻生太郎著「とてつもない日本」(新潮新書)
・岡田克也著「政権交代」(文春)
・与謝野馨著「堂々たる政治」(新潮新書)
・稲田朋美「日本を弑する人々」(PHP)
・中川昭一、宋文州対話「どうした、日本」(ダイヤモンド)

この中で面白かったのは小池百合子女史。
まあまあと感じられたのが岡田克也氏と麻生太郎氏。
一番面白くなかったのが安倍氏と小沢氏。

政治家の書いた本の中で、問題点は山ほどあったが、なんと言っても35年前に書かれた田中角栄著「日本列島改造論」と15年前に出版された小沢一郎著「日本改造計画」の2著作がもっとも迫力があり、面白かった。
いずれも土建屋的発想を脱していなかったが、日本をなんとかしたいという強い意欲が感じられた。行間からやる気がプンプン臭ってきた。
ところが、上記10冊の中で、具体的な意欲を感じられたのは、私の感受性が狂っているせいかもしれないが、小池百合子女史だけ。
小沢一郎氏の著書には、かつての熱い思いのヒトカケラも感じられなかった。
人の心に訴えるものを持っていない政治家に、政治を任せる気になれない。

そんな中で、手に取ったのが中川秀直著「官僚国家の崩壊」(講談社 1700+税)。
読まなくてはという義務感は感じていたが、どうせたいしたことはないだろうと延び延びにしておいたもの。
ところが、読んでみてびっくり。
これほどまでに熱い思いが伝わってくる本は珍しい。
政治家の書いたものとしては久しぶりにエキサイテングな迫力を持つ力作。


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この著書の内容は題名が示すとおりで、劣化した官僚が主導する国家支配システムを崩壊させ、新しい政治主体のシステムを構築しないかぎり日本は救われないと、そのほとばしる思いを語っている。
テレビや新聞、週刊誌では官僚バッシングが続いている。
かつての大蔵官僚の「ノーパンしゃぶしゃぶ」事件に始まり、厚生省、外務省、農林省、防衛省と、ひきも切らないキャリア官僚達の目に余る行為。
それだけではない。最近ではクビを切られない過保護をタテにしての地方公務員の横柄な勤務態度や高賃金が、バッシングの対象になってきている。

この著は、そうした低次元の官僚バッシングを目的にしているのではない。
国民が怒っているのは、今の官僚天下り制度に大きなムダがあることを知った。
税金を使って、むやみに増殖を図ってきた数々のムダな法人。
その天下り法人にメスを入れることなく、「もうムダはない」と言い張り、「安心出来る社会」「弱者救済」を御旗に、増税を押しつけようと虎視眈々と狙っている破廉恥なエセ紳士ども。
役人世界の大きなムダを残したままの増税は、劣化したエリート達の身分と権益を守ろうとする以外の何ものでもない。
その延命のための負担を国民に押しつけるのが増税。
それを知ったから国民は怒っている。一部のマスコミの薄っぺらな官僚バッシングとは意味がちがう。

ステルスという軍事技術がある。レーダーなどのセンサーから飛行機や戦車などが探知され憎くする技術。
東大法学部出のエリート仲間。そのグループの悪意を探知されにくくした「ステルス複合体」が、日本の官僚機構、日銀、経済界、学界、マスコミなど、あらゆるところにネットを張っている。この暗記力が優れた法学部出身の同質のエリート人脈が、お互いの身内共同体を尊重し、身の安定を最優先にして「空気」とか「相場感」を醸し出して日本を支配してきた。このステルス複合体こそ既得権擁護にこだわる守旧派であり、増税論者だと著者は指摘する。

たしかに高度成長期時代までは、暗記力の強いエリートのステルス複合体がそれなりに機能してきたのは事実。しかし、バブルがはじけて以来、この暗記力だけが頼りの左脳派集団は新しいイノベーションに対する対応力を持っていなかった。
つまり、創造力とか危機対応力とか、全能的に適応するという右脳派のフレキシビリティさに欠けていすぎた。
このため、ひたすら身内の既得権を守るだけの守旧派集団に成り下がってきている。
それに追従している情けない国会の族議員。
このステルス複合体を放逐し、これに変わる新しいシステムを生み出そうという提案がこの著書。テーマのすごさにびっくりさせられる。

日本の保守党の政治家で、この東大法学部卒のステルス複合体に、今までにまともに挑戦してきた者は唯の一人もいない。
考えて頂きたい。
それこそ、税務署から警視庁、警察からマスコミまで、要所々々を完全に抑え、あらゆる情報を入手、操作出来るステルス複合体。
彼等には、政治家の情報入手などは朝飯前。
でっち上げてでも、一人の政治家を些細なミスに乗じて闇に葬ることは屁でもない。
これまで、国家権力の名で、ステルス複合体がどんなことをやってきたかは、ちょっとでも歴史をひもとくと明々白々。

清和研(福田派)の番頭さんとは言え、今までだったら今回の出版で、ステルス複合体からの猛反撃に合い、中川氏は完全に政治生命を失っていたであろう。
読んでいて、こちらがドキドキしてくる。
それだけに、著者は腹をくくって開き直っている。
政治家がここまで開き直れるとは考えてもみなかった。
それだけ国民が小泉改革で開眼し、日本の諸悪の根元はステルス複合体にあるということを知ったということであろう。警察力や税務署の力をもってしても、憎き政治家を葬り去るだけの力を失いつつあるということでもあろう。
このステルス複合体、つまり守旧派の悪あがきの詳細は、本を買って読んで頂きたい。

しかし、ステルス複合体を糾弾するだけでは無責任。
優秀な官僚を育てないと、それこそ日本の未来がないのではないか。
これに対して著者は、これからは地方分権の時代。地方にこそ人材を集めなければならない。そのためには、身内の権益だけを守ろうとする中央の一派を一掃すれば、真に生き甲斐を感じる人材が無限に地方に集ってくると断言する。

また、政治家は地元の利益誘導にかまけて、優れた官僚組織に匹敵するだけの、あるいはそれ以上のシステムが本当に構築できるのか。
この疑問に対しては、単純小選挙区制の採用とか、シンクタンクの必要性などを強調している。しかし、この程度では全面的に信用するわけにはゆかない。
だが、安倍氏や小沢氏よりは具体的に未来像を示している。

そして、私がもっとも感心したのは、農村と農家の疲弊をもたらした根本的な構造欠陥に、大胆に触れている点にある。
先進国の中で地域社会がこれほどまでに疲弊しているのは日本だけ。
この根本原因はGHQの農地解放により1町歩以下の零細な自作農や山林地主をつくったがため。その結果、農林業の生産性は先進国の中では世界一低い。
JAが零細農地や山林を集約したり、自ら農業法人を立ち上げたり、経済界とも協議してしっかりとした農地活用を図ってゆけば、就業のチャンスも増えて地域社会は活性化出来る。
減反の補助金政策とかばらまき予算では農村は絶対に活性化しない。
そして、地方の兼業農家の勤務先として多いのが建設業。これからは、農業と建設業が一体となって新しいビジネスチャンスを発見してゆく時代。
その上で、全国一律な風景ではなく、観光的に魅力のある地域作りを行なってゆく。
美しい自然を取り戻すための公共工事なら、あってもいい。
スーパーに売っていない地魚や干物、野菜を食べさせる店とか宿といった消費者ニーズに基づいた開発を促してゆけば、諸外国からの観光客と人材を呼び寄せられ、日本は地域から再生出来る。
そのためには、地方分権を拒むステルス複合体をまず壊滅させねばならない。

これほどまでに、現官僚制度の弊害を徹底的に糾弾した著書はかつてない。
一読に値する勇気と言える。
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2008年07月10日

珍しく「経済」と「政治」の本をとりあげます


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竹中平蔵著「闘う経済学」(集英社インターナショナル 1500円+税)

ご案内のとおり、著者は2001/4/26の小泉内閣発足の時、名もない一民間学者にすぎなかったが経済財政政策担当大臣に抜擢され、2005/10/31までの4年半その要職にあってバブルで破綻した日本経済を蘇生させたエコノミスト。
そして、2006/9/26までは総務大臣として、引き続き郵政民営化の仕上げを担当するなど、延べ5年5ヶ月に亘って国政の中心で重要な仕事をこなしてきた。

一エコノミストが、日本の進路に大きな影響を与えた例としては、池田内閣の時の下村治博士以来のこと。めったにない珍事と言ってよかろう。
それだけにこの著は、「経済学が、現実の政策にどれほど役に立つことができるか」とう問い対する回答としての意義がある。
肩のこらない読み物として、気楽に取り組めるのがいい。

一橋大学を卒業した著者は、石油危機の年に日本開発銀行に入行した。
開銀を選んだ最大の理由は、下村治博士という著名なエコノミストが、設備投資研究所長として存在していたから。池田勇人首相のブレーンとして「所得倍増計画」を策定し、1960年代の日本の高度成長を実現させた。
学生時代に下村博士の本を読み、経済学が世のために役に立つことを知って感動。どうしても下村博士と同じ職場で仕事がしたい。あこがれのエコノミストからいろんなことを学びたいという気持ちを抑えることが出来なかった。
そして、短い期間だったが、稀代のエコノミストと話す機会に恵まれ、エキサイティングな刺激を受けることが出来た。
この時の薫陶が、改革者・竹中平蔵を生んだといえよう。

2年前に、この欄で沢木耕太郎著「危機の宰相」を取り上げて、下村治博士に触れたことがある。
私も昔、プリンスホテル563号室にあった下村事務所を訪ね、講演や原稿の依頼をしながら、トップエコノミストからいろんなことを教えてもらった。
その中で、忘れられないのが「イノベーション論」。
すでに書いたことがあるのでいささか気が引けるが、その理論を再現しよう。

「経済が成長するということは、生産性が向上するということ。たとえ、人口の増加が止まっても、生産性さえ向上して居れば経済が成長し、生活水準は向上してゆく」
「この生産性向上は、イノベーションによってもたらされる。産業人たる者は、常にイノベーション、つまり技術革新を続けなければならない。イノベーションを忘れた産業人は、歌を忘れたカナリアで捨てられる」
「イノベーションというと、高度な技術上の発明、発見ととられがちだが、これは正しくない。経営上の改革、現場における生産改善の小さな積み重ね、新しい商品や性能の開発、売り方の工夫、新需要の開発…。これら全てがイノベーション。それが生産性を向上させるのです」

爾来、私はイノベーション教の信者。
最近の住宅産業界に、イノベーションが欠けていると嘆いているのは、下村信徒として当然の嘆き。
学問の徒ではない私は、下村博士からイノベーション論しか学ばなかったが、竹中平蔵氏は多面的に下村理論を吸収している。

それにしても、東大出でない亜流の若僧学者が、あれほどまでの活躍が出来たということは、日本の政治史に残る快挙という以外にはない。
この著を読んで、氏のしたたかさを実感させられたが、しかし、氏をここまで輝かせたのは、やはり変人・小泉純一郎氏の一貫してブレない姿勢があったということが再確認させられる。
小渕内閣の時の堺屋太一氏は、経済官僚でありながら日本経済停滞の原因が企業経営のバランスシート調整問題であることを見抜けず、いたずらな財政拡大で公債を増やしてしまった。病巣をとらずに、ビタミン剤の注射をした。
これに対して、竹中平蔵氏は、果敢に銀行とその不良債権の摘出手術に切り込んでいった。孤立無援の四面楚歌の中で頑張ることが出来たのは、小泉首相の絶対の後ろ盾があったから…。

格差社会の到来は、経済のグローバリゼーションがもたらしたものであって、小泉内閣が発生させた日本の特殊現象ではない。世界各国で発生している。
これは、新しいイノベーションでしか解決出来ない大問題。
そして、小泉改革が進まなかったならば、日本は未だに「失われた15年とか18年」を続け、それこそ日本全体がコケて、現在以上に沈下していたであろう。
下村治信徒が、日本を救ってくれたという側面を、忘れてはならない。


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リン・イエ(綾 野)著「中国が予測する“北朝鮮が崩壊する日”」(文春新書800円+税)

北朝鮮に関する本は、今までに何十冊となく出版されている。
テレビでも、拉致問題にからんで絶えず放送が繰り返されている。
しかし、この本を読んで、初めて北朝鮮の正体が、実寸大でわかったという気にさせられた。
著者は1957年生まれの中国人。リン・イエは筆名。
中国国防大学国際戦略研究部所属で、朝鮮半島研究会の特約研究員。
北朝鮮の金日成総合大学への留学の経験と韓国高麗大学での研修経験を持つ大佐格のバリバリの現役軍人。それだけに、そのデータと分析力がすごい。

人口わずかに2000万人。GDPは島根県ほどしかない貧しい国北朝鮮。
しかし、かつては「地上の楽園」と自賛するほどアジアでは豊かな国であった。
農業分野の先進性は隣国の韓国や中国がうらやむほどだった。中国の訪朝団のメンバーが平壌から持ち帰ってくるタバコ、酒、菓子、ラジオは当時の中国人には最高の贅沢品であり、お土産だった。冷戦時代は、ソ連や東欧諸国とのバーター貿易で潤っていた。
だが、80年代に入るとソ連・東欧諸国が崩壊し、バーター貿易はなくなった。そして、アメリカと日本による経済制裁、自然災害、110万人にも及ぶ軍人を養う先軍政治で財政は完全に破綻してしまった。

書かれている北朝鮮の国民の生活水準のひどさには、身の毛がよだつ。
常識で考えれば北朝鮮政府は、人民や軍人の反乱で簡単に転覆するような気がする。
しかし、著者はそんなことはあり得ないと分析する。
しかし、北朝鮮は崩壊へ向かって確実に進行しているのは事実で、5段階の過程を経て崩壊すると予測している。

第1段階  経済の破綻。 中国企業による石炭、鉄鉱石、金、銅、森林の開発で北朝鮮は利権を手にしているが、これは「池を干して魚を獲る」という短絡的な手段。資源の枯渇化をもたらす。
第2段階  権力の若返りと中央集権の崩壊。 中国側と韓国側国境で経済特区の新設が不可避。外の風にさらされて改革圧力が強まる。
第3段階  中朝の離反と米朝の接近。 躍進した中国は冷戦時代の外交関係の脱却を図る。北朝鮮は中国を見限りアメリカと日本に急接近するようになろう。
第4段階  先軍政治の限界とその終焉。 110万人の軍人をいつまでも優遇出来ない。リストラが不安定要素となる。
第5段階  ポスト金正日・権力の空白

そして、日本外交のだらしなさを次のように指摘している。
日本は北朝鮮情報を集める手段を持っておらず、いつも振り回されている。これに対して北朝鮮は情報を得るためにひと頃1000人の拉致を計画していた。そして現在でも2000人以上の情報工作員が様々な形で日本に潜伏し、工作員として活躍している。
最高幹部の子弟は次のように話したという。「横田めぐみは100%死んでいる。病死ではなく処刑。したがって遺骨があるわけがない」と。
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2008年04月20日

珠玉の17編を集めた「世界一素晴らしい動物紀行」


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畑 正憲著「ムツゴロウ世界動物紀行」(角川書店1993年刊 税込5500円)

全くお恥ずかしい限り。
今から15年も前に、こんな素晴らしい著作が発表されていたとは知らなかった。
畑正憲氏の著作はほとんど読んでいると思っていた。
私が今まで通った12の図書館では、見かけなかった。
2月に函館で、帰りの飛行までに時間があったので寄った図書館で、偶然発見した。
調べものを脇において、読み出したら面白くてとまらない。

旅と動物、旅と釣りの本では、星野道夫氏と開高健氏の著作が双璧であると信じてきた。
これを上回るものは誕生しないだろうと考えていた。
ところが、両氏の著作に勝るとも劣らない・・・。
この本は、19編の旅物語を集めたもの。
全ページ数が850ページと、枕になるほどの厚さ。
活字が小さく、カットに使われている写真も小さいので、現在の普遍的な本にしたら1編が50ページ平均以上となる。
つまり、50数ページの中編物語が19も収録されているということ。

最初は、いつもの調子でバンバン読み始めた。
一日に数編読むのはいたって簡単。
しかし、2編読んだら、続けて読むのがもったいなくなってきた。
おいしいお菓子や果物を、一気に食べてどうする・・・。
こんなとびきりおいしいデザートは、一日に1編だけ口にすればいい。
日に1編を、じっくり味わって読む。
そんな次第で、この一冊を読むのに2週間もかけてしまった。
2週間も堪能しつづけたということ。

しかし、この19編の中で、「雲の秘境 メガラヤ」と「なぞの川1200キロを行く」という2つのインド山岳紀行は面白くなかった。なぜなら、動物が出てこないから。
畑正憲が畑正憲であるためには、やはり動物が絡まないとつまらない。
動物とのつながりの中で、自然と環境問題が見えてくる。
つまり、動物の生命と生態を通じてわれわれを未知の世界に案内してくれ、癒しをもたらしてくれるのが畑正憲。
19編収録されているのに、タイトルが「珠玉の17編を集めた・・・」になっている理由がお分かりいただけよう。

収録されている旅行先と動物は ●ルワンダのゴリラ ●タンザニアのチンパンジー ●モーリシャスのチョウゲンボウ ●アラスカのキングサーモン ●ケニアのサイ ●ニュージランドのアルバトロス ●トルコのバンネコとヘクトル犬 ●ニューファランドのクジラ ●フィンランドのトナカイ ●イングランドのクマ ●ノルウェーとイタリアの犬 ●フロリダのワニ ●アマゾンのアリクイとナマケモノなど・・・。
その中から3つを選んで感動場面を再現したい。
最初は、アマゾンのアリクイの話。

私は先回りして、アリクイの前にしゃがんだ。
「ようし、よしよし、だいじょうぶ」
できるだけ透明で、小さい声で話しかける。
低い声は怒った時にだす声に似てしまうからだ。澄んだ、甘い声は、ほとんどの動物に通用する。
アリクイは立ちどまった。顔を斜めに向けて、片方の目で私を見た。コハクをはめこんだような目。
私は身体を静かに揺らして応えた。これも大切なコツ。
こちらをアリ塚や岩と間違いさせてはいけない。まず、生きているものだと示してやる。
動きが会話になれば最高!
相手がびっくりしたり、いぶかったり、とまどったり、抗議したりする。その心の波長と、こちらのゆっくりとした動きのリズムが合うと、お互いの間に何かが生まれる。
「ようし、よしよし、さあ、おいで」
私は身体を左右にゆっくり、ごくわずかゆすって、手をそっと前に出す。
「ようし、そら」
アリクイのツメは鋭くて長い。あの硬いアリ塚をかき壊す武器。
彼は、私の掌の上に片方の前脚をのせてくれた。ツメがくいこむ。そのツメを、ぎゅっとにぎりこんでやる。
相手が武器にしているものの前へ身をさらすのが、仲よくなる第一歩。
鋭い歯があるとしたら、肉を噛ませてやる。鋭いツメは、やわらかい掌で受け止めてやる。
武器には太い神経が走りこんでいて、感覚も敏感。そこをさわれば、こちらの気持ちも通じやすい。
アリクイが、もう片脚を浮かした。
「そうか、そうか」
私は目を細め、それを受けとめてやる。両前脚が私の掌にある。必然的に彼の長い吻が私の頬にふれた。
これはチャンス。頬を吻にこすりつけた。すると、アリクイはツメを内側へ曲げた。
私は目を閉じた。
風について話そうか・・・。山について話そうか・・・。それとも先祖について語ろうか・・・。
まわりの全てが消え、幸福の熱さだけが伝わってくる。

次は9才のチンパンジーのチャーリーとの対面の物語。

私は微笑みを浮かべて、低い声で、全身で呼んだ。
「チャーリー」
すると彼は、トコトコと駆け寄ってきた。
私は視線を地面に落としていた。黒いものが覆いかぶさってきた時、首を左に曲げて首筋を大きく露出した。チャーリーはそこを噛んだ。
鋭い犬歯が首の筋肉にあたるのを感じた。唇に生えている剛毛が、皮膚にくすぐったかった。
私は筋肉という筋肉を弛緩させていた。首筋を圧している歯が、すぐに緩んだ。
「チャーリー、よくきたね」
下を向いたまま、私はやさしく語りかけた。チャーリーは首を離してくれた。
顔を上げると目と目が合った。10センチと離れていない距離。彼の鼻息が私の上唇にかかった。おだやかな目の色だった。
「うまくいった」と思ったら不覚にも涙が出てしまった。するとチャーリーはその涙をなめらかな暖かい舌で、舐めとってくれた。
「ああ、チャーリー」
私はうめいた。そしてチャーリーに触れた。
粗い毛の下に暖かい皮膚があった。掌を圧しても緊張はまったくなかった。
私たちは、5分間ほど、たっぷりと相手をさわり合っていた。

最後はアラスカのキング釣り。開高健のモツ鍋のギラギラした「オーパ」のごった煮の味に比べて、あんこう鍋のさっぱりとして上品な歯応えと深い味わいと言おうか・・・。

川の水で手を洗い、筋子をルアーにとりつけ、慎重に仕掛けをポイントの渦に振りこんだ。
糸をわざとふけさせ、それから静かに巻いた。と、何かが動いた。
生まれたばかりの小さなヘビが、糸に巻きついたかのようであった。
私は竿を、すこし立て気味にして斜めに構えた。同時に微妙で鋭角な魚信がカツンときた。オニヤンマが衝突したような感触。
筋肉と心臓がピクリとした。全身が魚信に過敏に反応したがっていた。
沈黙。そして静寂。
数分の後、竿先がゆっくり曲がった。口を閉じない巨魚が、ゆっくりとウドンをすすりこむスピード。曲がり終えたところで鮮烈にふるえた。
竿を両手で持って、一気に後方へ引いた。
ギイとドラッグが鳴って糸が出た。すごい手応え。岩をかけた感じ。だが、根がかりではない。ガツンときたが、どこかにやわらかさがあった。どんなに遁走しても負けるものかと覚悟を新たに構えた。
しかし、何も起こらなかった。引っ張られるどころか、糸はゆるみ気味。
「またばらしたか」
失望した瞬間、糸がピーンと張った。
頬が熱くなった。歓喜が電流となって皮膚の下を駈け回った。
魚はまだしっとしていた。長い、長い対峙。しかし、それは数秒間だったかもしれない。
突然魚は疾走を開始した。心構えは出来ていたはずだったが、私の覚悟をはるかに上回る強さと速さ。不意をつかれた形になった。
竿は何度も何度もお辞儀をし、ドラッグはきしみ続けた。糸がはるか先の水面を切っているのが分かった。
私は竿を小さくポンピングし、糸を巻きとろうとした。たちまち両腕は火がついたように痛み、額から汗がふきだした。
竿を持っている指は力がかかりすぎて白くなっている。ありったけの力で耐えているつもりだったが、それで魚の力と互角だった。
私は歯を食いしばった。
十分はたったろうか。いやもっとだ。十五分はたっている。
ちらりと腕時計を見ようとした時、また烈しいノシがきた。立てた竿から糸が出てゆく。
何と強い奴だろう。私は魚の強さとスタミナに感動を覚えた。勇気も闘志も失っていない。
私は作戦を変更した。竿尻を身体につけ、静かに竿をしぼった。そして、片方の手を放して休ませた。すると休ませた手の内部で、筋肉から烈しい火花が飛び交った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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2008年04月05日

3冊の面白い女流作家の小説(物語)に遭遇しました


ご案内のとおり私が読む小説は少なく、範囲も狭い。
とくに最近の芥川賞などを受賞した女流作家の作品には、嘔吐すら覚える。
人生経験も人間に対する鋭い洞察力もなく、ちょっと角度を変えただけの〈感性〉だけで、ひたすらに、ひたすらに「わたし」を語る。
電車の中で、周囲を無視して化粧に励んでいるそこいらの「わたし」と、基本的に何一つ変わらない。
住宅建築でも感性は非常に大切。
しかし、感性だけで、施主のニーズを的確に汲み上げもせず、性能も無視した作品が建築雑誌で大きく取り上げられていて呆れる。
同じことで評論家が言うほど、文学は感性だけを最重要視しなければならないものなのか・・・。

先月読んだ小説のうち5冊は女流作家のものだった。
正直言って何の期待もせず、他に面白そうな本がないからやむを得ず手にしたまで。
ところが、この5冊とも面白かった。いずれも「わたし」にこだわっていない。
そのうちの1冊は平安寿子の短編集なので省き、佐伯紅緒の「アイランド」も、私らしくないので省略して残りの3冊を紹介したい。


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碧野 圭著「ブックストア・ウォーズ」(新潮社 1400円+税)

ペガサス書房はブックストアー・チェーンとしては比較的大きい方。
田舎から出てきてバーやキャバレー業で成功した先代。しかし、田舎者の常で文化的でない事業に携わっていることに対する根強いコンプレックスが・・・。
それをカバーするために始めたのが文化的なブックストアーのチェーン。
その第1号が、駅前の貸しビルの3、4、5階で延べ300坪にも及ぶ店。当時としては画期的な規模だったが、現在ではそれほど目立たず、建物が古い。
そして駅前再開発で、半径100メートルの範囲内に新刊書店が3店、新古書店が2店もオープンし、経営は必ずしも安泰ではない。家賃が安いからなんとかやってこられた。
この店も、ご多分にもれず正社員は数人と少なく、あとは契約社員とアルバイト社員。
その正社員の中の女のボス的な存在が主人公の理子。1年前に出版社の恋人にフラれて、ただいまは父親と同居中の独身OL。
そして、同じ店員仲間の亜紀という27才のOLとはどうしてもウマが合わない。その亜紀の結婚式で、2人は派手な喧嘩をやらかしてしまう。物語はそこから始まる。

その理子が50万部も発行している雑誌に大きく取り上げられた。
「書店員がヒットを創る。最近のベストセラー事情」と題する6ページの特集。「カリスマ書店員・理子さんの本を選ぶセンスが顧客と出版社に大きな影響を与えている」と。
店長から無理に取材に応じるように言われ、仲間が推薦している本を紹介しただけだったが、記者は派手に書いた。このため亜紀はじめ他の店員からは目立ちがり屋と嫌われた。
そして、社長の親戚に当たる店長が急に本社勤務になり、後釜の店長に理子が選ばれた。
チェーン店では今まで女性店長はいない。なぜ選ばれたのかと聞いたら、社長が「カリスマ女店員」の記事を見て、やらせて見ようということになったのだという。
しかし内実は、借りているビルが来年3月で建て替えになり、家賃が100万円も値上げになる。売上げが月間460万円上乗せしないと採算がとれない。売上げ増の見込みがないので閉鎖するのだという。その閉店の尻拭いを理子にさせようということ。

この話を聞いて、何人かの社員が他店へ移動した。
しかし、いろんないきさつはあったが、亜紀をはじめとして契約社員までが、店を閉店させないために460万円の売上げ増にトライしてみようということになった。
そして新米の理子店長は、店員全員の協力を得てイベントを重ね、月510万円の売上げ増を達成する。だが、会社は閉鎖を強行。
理子は、頑張った全店員に責任を感じて退職願いを提出。引き留めもなく認められる・・・。

マクドナルドやコナカの店長は、実質的に管理職ではなく、残業代を払わなければならない単なるサラリーマンに過ぎないという判決。しかし全店員がその気になれば店は大変身。
契約社員までもがその気になって創造力を発揮して頑張ってくれたので、仕事は楽しいし、全員が生き甲斐を感じた。そして、成績が上がった。
創造力を発揮させられる店長は、単なるサラリーマンではないということを、この本は教えてくれている。新しいタイプの身近な企業小説に、喝采を送りたい。


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下鳥潤子著「わすれないよ 波の音」(講談社 1500円+税)

26才になった波子は、2才年上の夫と4才になった娘友香と赤子の涼との4人で、北国の小さな町の6畳と4畳半にミニキッチン・バス付きのアパート暮らし。
夫は付き合いがあるからと、毎晩帰ってくるのが午前様。
波子は父親のことを全く知らない。気が付いた時は、母親が一人で小さなクリニックの院長として忙しく、一度も母親からやさしく接してもらったことがなかった。
小学校へあがって間もなくのころ「波子のお父さんてどんな人?」と聞いたことがある。
すると、声をあげる間もなく返ってきたのが母の手。「パチン」という音がして、頬にピリピリする痛みが残った。
「二度とそんなこと、聞いてはいけません」と冷たく言い放った母。
以来、波子は母親を憎むようになり、高校を卒業した時点で家を飛び出した。

そして、友達に紹介され、現在の夫と結婚したのだが、いつの頃か長女の友香に対して波子は手をあげるようになっていた。
昨夜も、眠る時間になったのに、いくら言っても人形遊びに夢中な友香が布団に入らないことに腹がたった。
「友香」と叫び、友香の手から人形をひったくって壁になげつけ、そのまま「はっ」と息をのんだ友香の頬を思い切り叩いた。
「ふぇえ・・・」すぐ泣きだしたのは涼。あわてて涼を抱き上げてあやす。
「泣きだしたじゃないの。ごめんね、涼。お姉ちゃんは悪い子で、びっくりしちゃったね」
しかし、友香は頬を抑え、目にうっすら泪を浮かべてぼんやり下を見つめている。意地をはっているような友香を見ると、よけいに波子はいらだってくる。
「全く、何か言ったらどうなの。ごめんなさいくらい言いなさい」
「ママはどうして涼ちゃんばかり優しくするの。涼ちゃんが赤ちゃんで、ちっちゃいから」

その波子は、夫に若い恋人が出来て離婚。嫌いな母親は病死。そして生まれて初めて父に出会う。両親の愛情で育てられなかった人々の心の傷。その立ち直りを綴った好著。


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コ・ヘジョン著「お母さんのワカメスープ」(新潮社 1400円+税)

著者はソウルから300キロ南の、黄海に面した全羅北道の井邑という小さな田舎村で生まれ、地元の高校を卒業したあとソウルの芸術専門学校に学び、現在はKBS(韓国放送公社)の専属脚本家としてホームドラマやバラエティショーで大活躍。
田舎を離れてソウルの専門学校へ通うようになったら、母は執拗なまでに娘のことをあれこれと面倒をみるようになった。
買い物の時の小銭を貯めて、帰省の折に駅で重い小銭の袋を渡してくれる。たまに上京の折には、ソウルでいくらでも売っているリンゴや野菜、缶詰などを山のように抱えて持ってきて、坂の途中で転がして騒動を起こしたりした。
若い頃は、その母親の存在が恥ずかしく、疎ましくもあった。
ところが自分が母親になり、子供を持って初めて母のことが理解出来るようになった。
そして、自分の親不孝を反省し、何度も泪を流した。しかし、「ごめんなさい。やっとお母さんの気持ちがわかりました」と電話でも、直に会っている時でも伝えることが出来ない。ただ、その感謝の気持ちを、想い出として書き留めておいた。

偶然、その手記を読んだ出版社が「実家のお母さん」という題名で出版したのがこの著。
したがって、小説ではない。筋書きのないノンフェクション。
しかし「旦那の心が腐ってしまったら傷つくけど、わが子の心が腐ったら心臓が溶ける」という格言どおり、「すべてを子供にささげても、まだ足りない」と頑張る遠い昔からの母親像。
「日本の母親も、かつてはすべてがこうだった・・・」という懐かしさと尊さに、胸が締め付けられる。
この思いは韓国の若者の魂にも共鳴してベストセラーになった。
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2007年08月25日

中国の若者の意識と社会の現実が本当に良くわかる好著


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中国に関する本はゴマンとある。
大手書店には数十冊も並んでいる。
ご多分に洩れず、私もかなりの本を読まされてきた。
経済関係で面白かったのは何と言っても大前研一著「チャイナ・インパクト」と唐津一著「中国は日本を追い抜けない」。
このほかにはダイキンの高橋基人さんの「中国人にエアコンを売れ!」「度胸で勝ち抜く中国ビジネス」の商売談議がやたらと面白かった。中国で商売を成功させるには如何にして共産党に食い込むかであるかを暗示…。

農村関係で卓越していたのが陳桂棣・春桃著「中国農民調査」。あまりの問題の根深さに圧倒されてしまった。
それとピェール・アスキ著「中国の血」。

それ以外では、何冊かの中国政府の反日運動に関する本を読まされたが、特別心に残るものがなかった。
そうした中で、谷崎光著「北京大学てなもんや留学記」(文芸春秋刊 1619円+税)は格別に面白い。観念論ではなくて、北京大学の中国人、朝鮮人学生や親日派先生、あるいは共産党員とのやりとり。あるいは彼等の言動、反応を通じて語られている内容は非常に新鮮で迫力がある。

北京大学留学記というから、若い女性の青春記録と捉えがち。
ところが著者は中国貿易商社に勤めた経験から「中国てなもんや商社」などの多くの著作があり、40才近くになってから北京大学に入学したという経歴の持ち主。
「養老院より大学院」を書いた内舘牧子女史にしろ、最近のおばさん族が果敢に大学や大学院にアタックする。
人生経験の乏しい若い留学生の手記と異なり、こうしたおばさん族のアタック談議は説得力があり、非常に参考になる。
北京大学生として「一流の学生、二流の教官、三流の管理」という環境でのいろんな経験や寮舎生活の実態は確かに面白い。しかしそれよりも、社会人としての冷めた目でとらえている中国観の方により惹かれた。
そのいくつかをピックアップして紹介する。


中国の各世代をみていると、文革の爪痕など子どもから青春時代の環境が、いかにその人の一生に影響をあたえるかが、くっきりわかる。
今の70才以上の人の青春時代は、戦争など苦しい時期もありとても貧しかった。けれども建国の意気にあふれ、理想を追うことが出来た一番良い時代だったという。
文革後に生まれた30代前半から20代の若者も、反日洗脳や甘やかしを除けば清潔なところがずいぶんある。正当な方法でしっかり働き、お金を儲けようとする若者も多い。親の苦労をみているから、ガッツもある。
一番ひどいのは20才になるまでの大半の時間を、最初は飢餓、次は文革の裏切り合い、殺しを見て育った40才から60才まで。もう何でもあり。
汚職や権力の乱用は当たり前。一度掴んだものは死んでも離さない。
中国人が餓死しようが、エイズであえいでいようが、微塵も心を揺るがさない。自分の利益になること以外には関心がない。あっぱれといえるほどの姿勢。多分人間として壊れているのだと思う。これが今の中国を支配している。
改革開放の波に乗れた人とそうでなかった人の差が一番大きいのもこの世代。


中国では公務員の9割は汚職している。
公務員の給料は1ヶ月8千円。このため、賄賂がないと生活して行けない。
国が腐敗を奨励しているというのが現実。
中国人は息をするように簡単にウソをつく。人を騙す。
この原因は、子どもの時から騙され続けてきているから…。
その中で一番ひどいのは自分の国。メディアに流れるヘドが出るような美しい言葉と現実との極端な乖離の中で育ってきている。
したがって、国の真似をして平気でウソをつき、人を騙す。
北京大学学生は、4年間でどんなに節約しても学費と寮費で90万円近くはかかる。
都市部での年収は30万円。農村だと数万円。とくに農村の子女は奨学金、ローン、借金、親族一同からの有り金を集めて出てきている。1人の学生の後ろに何人の人々の苦労が群がっている。公務員になって賄賂をとらざるをえない。しかし、最近では北京大学卒でも仕事が得られなくなってきている。このため、自殺する者も少なくない。
「高官の背後」というネット上の資料、毛沢東から胡錦涛の子どもや孫の、いわゆる高官の子弟がどんな地位についているかのリストアップを見るとすごい。
軍隊のトップ、銀行、不動産、そのた中国の主要企業の代表、副代表、幹部をほぼ独占。
共産党員であることが高官になる近道。そして、党員は犯罪を犯しても、捕まらない。
党規で降格などの処分を受けるが、法律では処分されない。


こんな汚職まみれの中国は「民衆の不満が爆発して早かれ遅かれ自滅する」という意見があるが、私はそうは思わない。
(1) 大陸の中国人からすれば、今は有史以来一番「食えている時代」で、昔より良くなったと多くの庶民が思っている。つい最近まで本当に食えなかった。
(2) 庶民も勝ち組と負け組に分裂している。革命ができるような人材もそうでない人も、お金儲けに必死。怒るべき農民は無学状態に置かれていて暴力以外の力を持っていない。
(3) 共産党の権力は絶大。暴動は頻発するだろうけど、抑えこまれるだろう。
(4) 若者ほど男女とも仕事に意欲があり、人間的にもまともな人が増えている。

よく考えたら、共産党のやっているのは昔ながらの洗脳と愚民政策。
真実は何も伝えない情報封鎖とねじ曲げの大本営発表。
憎しみの対象として目の前に「日本」をぶら下げる。そして監視、暴力の効果が未だに高い。
庶民は余所の国のことは知らないので自国のひどさを自覚出来ない。昔よりは良くなったと言うしかない。
そういった下流に教育を与えてはならないことを共産党が一番よく知っている。
経済はバブルで、中国のどの会社も競争が激しく、人々は疲れ切っている。
ゆえにオリンピック後にグシャッと潰れながらも、豊かになりたい人々がまだまだ後に控えているため、最悪の事態にならず、グシャ、復活、ちょいグシャ、復活を繰り返してゆくことだろう…。

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2007年08月20日

この国をどう変える? 「格差是正」は赤子でも言える


私には政治を語る資格も義務もない。
ただ、最近の「格差是正論」を見ていると、首を傾げたくなる。
問題点は誰も分かっている。
それなら具体的に、どこを、どのように変えたらいいのか。
納得出来る提案が、どの政党にも見当たらない。

大きく考えてみたい。
明治以降の140年間に、日本の先輩達は、実に素晴らしいことをやってきた。
アジア、アフリカ、中南米などの後進国で、唯一「国の独立」を守り通したのが日本。
戦後の連合軍による占領下を除けば、外国の植民地化を避けられた唯一の国。
日露戦争で、帝国ロシアの海軍を倒し、後進国で初めて先進国に勝利した。
今でも中近東へゆくと、ロシア帝国を破った日本人の勇気を、多くの人々が賞賛してくれる。

19世紀の初頭までは、世界は人種差別に満ちていた。
白人以外は人間として認められていなかった。人種差別という強烈な「格差」があった。
これを、自力で打ち破ったのが日本。
黄色人種が白人に決して劣らないということを懸命に訴え、人種差別というとてつもない「格差」を、先輩達は是正してきてくれた。

しかし、帝国主義の列強に挟まれて、アメリカの石油政策から日本は東南アジア略奪という戦争にのめり込まされ、中国をはじめとして諸外国に大変な迷惑と犠牲を強いたことは、帝国主義の必然とはいえ、大いに反省すべき。
だが、一部の「平和主義者」のように、すべての戦争を「悪」とするわけにはゆかない。
悪いのは帝国主義的、独裁国家の侵略戦争。
これと戦って、独裁国家を打ち破った「レジスタン戦争」は世界的に美化されている。

今でも、独裁国家北朝鮮は、日本へテポドンを向けている。
中国は一党独裁の独裁国家であることは間違いない。
そして、カンボジアとかインドへ侵略戦争を仕掛けたという事実は忘れてはならない。
侵略戦争には絶対に反対しなければならない。
そして、いかなる国であろうとも、日本を侵略しようという国に対しては、命を賭けて戦わねばならない。
独立は、自らの力で守るもの。
いくら念仏のように「平和」を唱えていても、侵略者は耳を貸してはくれない。

小学生の時に敗戦を迎えた私達の世代は、戦争そのものよりも独裁国家の怖さが未だに身に沁みている。
イランとかアルカイダ、北朝鮮のことを笑っていることが出来ない。
戦時中の日本。軍事独裁国家の情報操作で、黒を白と信じさせられてきた。
判断力を狂わせられてきた。
情報をオープンに公開するということの大切さ。
企業情報を含めて、このオープン化こそが民主主義なのだと思う。
したがって、情報操作で国外に敵を作っている中国政府には、絶対の信頼を寄せられない。
これこそが、軍事独裁国家日本から私が学んだ一番の教訓。

そして、戦後の日本は「所得倍増」計画で弾みをつけ、アメリカにつぐ世界弟2位の経済大国に雄飛した。
財閥が解体され、ソニーやホンダに代表される若きベンチャーが輩出した。
そして、年功序列という信頼の安定したシステムの中で、全員が企業戦士として大車輪の活躍を続けた。
その結果、世界から武力で財貨をかき集めた欧米先進国の高い収入に比べて、後進のアジの収入は低くて当然という「格差」も是正した。
そればかりではなく「オール中流」という格差の少ない社会の創造に成功した。
これもまた、世界に誇って良い快挙。

しかし、日銀をはじめとした政官業のトップの大きな戦略のミステークで、日本はバブルに突入させられ、多くの資産を失ってしまった。
この大ミステークの責任をとった政官業のトップは1人もいない。
そして、反省のないままに国民に迎合して大量の財政を投入し、箱物の土建行政で多額の借金を後世に残してしまった。
この間に、官の力はますます強くなり、横暴を極めた。
しかし、どの政治家もそれを咎めるだけの勇気がなく、「失われた10年」間が瞬く間に過ぎた。

このままでは、日本は総崩れになる…。
140年に亘って営々と築き上げてきた財産と信用を一気に失うところだった。
日本の政官がもたもたしている間に、日本の成功を目の当たりにした東南アジアの国々は一斉に工業化に走った。
もはや、ものづくりは日本だけのお家芸ではなくなった。
いわゆるグローバル化が、日本の崩壊に輪をかけようとしていた。

この難問に、果敢に立ち向かったのが小泉政権。
小泉政権の欠点をあげることは容易。これほど欠点だらけの政権はなかった。
しかし、それまでの自民党の体質、古い国民政党的なシガラミと徹底的に敵対し、日本の崩壊になんとか歯止めをかけた。
そして、リストラで疲弊し、総崩れになっていた企業の中から自動車をはじめとしてグローバル時代に対応出来る企業群が、力強く息を吹き返してきた。
これらの企業は、いたずらにコストの安い中国やベトナムへ工場を移転するのではなく、
国内に工場を建て、高い技術水準を守るとともに、地元から多くの求人を求めるようになってきた。
つまり、軒並み不成績の学生の中で、何人かの優等生が出てきつつあるのが現在の姿。
この不成績組と優等生組の間の「格差」が目立つようになってきた。それだけ。
全員不成績なのに比べて、優等生が出始めたことは喜ばしいことではないのか?

国内から外国へ工場が移転するしかない低レベルの技術に支えられた企業を抱えていた地域と、国際競争力を持つ高度な技術力を持つ企業城下街。
この格差が、今大きな地域格差となっている。
何でも企業であればいい。土建屋さん大歓迎という時代は終焉した。
グローバル時代に生きて行けるイノベーション力を持った企業の誘致と育成。
これが、地方自治体に求められている最大の仕事。

そして、産業のもう一つの大きな柱が農林水産業。
とくに、農林関係に人口と資金を移動させなければならない。
集約された大きな農業を育てることだけが目的であってはならない。
北欧に比べると、人口が減ったといえどもまだまだ日本の地方の人口密度は高い。
いたずらに既得権を擁護するのではなく、団塊の世代や若いベンチャーが農林業に移行したくなる魅力のある「職場」と「自営業の場」が営める環境をつくってゆかねばならない。

それには、まず驕っている中央官僚の権力を剥奪し、縮小し、地方へ移管してゆかなければならない。
まだまだ「破壊」しなければならないことが山ほどある。
小泉政権では中途半端に終わった破壊と創造を続ける必要がある。
だが、お坊ちゃん仲間グループの安倍政権には破壊力が感じられない。
「美しい日本」などと寝言をいっているだけで、ポリシーとエネルギーが欠如。
このため、ひとまず「格差是正」を叫んだ民主党を選んだ。
しかし、いくら同党のマニフェストを読んでも、具体的な解決策が書かれていない。
松井孝治著「この国のかたちを変える」(PHP刊)を読んで、ますます不安になってきた。
そこで、ガラにもない政治談議となったという次第。
お許しあれ。
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2007年06月15日

教育とはこんなにも素晴らしい事業であったのか!!!

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手当たり次第に、日に2冊ペースの乱読癖。
その中で、今年の上期で一番感動させられたのが、比企寿美子著「たった一人の卒業式」(中央公論新社刊 1900円+税)

本を読んで涙がこぼれたことは、この10年来皆無。
ところがこの本では数ヶ所で、だらしなくも涙がとまらなかった。
そして教育というのは、こんなにも素晴らしく尊い事業であったのだということを、身にしみて知らされた。

主人公の中山理は、中学校の先生だった。
25才の時に慶応義塾の小学校へ来ないかとの誘いを受けた。
国立の小学校を卒業していたので「お坊ちゃん学校は性に合わない」と断るつもりで内田英二舎長を訪ねた。
「当校では1888年の開校以来、クラスの子供たちを六年間通して一人の先生が全責任を持って担当してもらっています。形だけの授業参観を許していませんし、PTAもありません。音楽、絵画、体育、英語、理科、習字などの専門科目は専門の教師が指導しますが、クラスの運営は教育のプロである一人の担任に任されています。それぞれに個性豊かな素晴らしい教育をやって頂いております」という言葉に、反射的に「この学校で働かせてください」と頭を下げた。

書評である以上は、具体的にどんな点に感動し、どういう点に共鳴したかを書くべき。
しかし、この本に関してはクダクダ書くと折角の価値が落ちてしまう気がする。したがって買って読んで頂き、個々に感動をかみしめていただくしかない。そのために無数にある挿話の短いもの2、3だけを、原文のまま掲載させていただくことにする。

            
職員室で若い同僚が、ベテランの中山につぶやいた。
「予習をしてくる子とこない子がいて、その差が大きくてやりにくくて困りました」
「困ることなんかないでしょう。予習してわかる子にはより深く教えればいいし、わからない子には、わかるように教えればいいのだから、楽じゃない」
「先生のクラスは予習させないのですか」
「予習してきなさいといったことはないなあ。でも予習を禁止してはいないよ。予習してきたからといって、その箇所の勉強が身に付いたとはいえないと思う。
だから予習してわかっているという子がいたら、ほかの子に説明してもらうことにしている。そうすると本当にわかっているかどうか、判断出来る。勉強とは、本当にわかることになることだと思うからね。
それで、テストするでしょう。テストはボクたちが教えたことを子どもたちがどれだけ理解出来たか、われわれ教師の能力を判定するものだと思っているのです」
「あー、そうか。中山先生は相変わらずきびしいなあ」
「さあ、100テストだ」中山の掛け声で一瞬教室に緊張が走る。みんなが100点を取れるまで、何度も間違いを正して再提出してよい。答案には○しかつけず、×はない。〇がついていないところを生徒がわかるまで学ばせる。テスト中に質問も許される。つまりわからないところをわかるようにするのが勉強。テストはわからない点を発見する手だて。だから、みんなが十分に勉強できるように100点以外の点はつけない。


いつの担当の保護者会でも、必ずでてくる母親のことばがある。
「うちの子は家ではちっとも勉強しません。塾とか家庭教師をお願いすべきでしょうか」
中山の答は、いつも同じ。
「勉強は家でするものではなく学校でするものです。勉強という字は『勉めを強いる』と書きますね。そんな勉強はお家ではしないでよろしい。
勉強というのは知らないことを知る、できないことをできるように、自分から喜んでやるものだと考えるからです。未知の世界を知ることは大変にうれしいことです。
子どもさんが赤ちゃんだった頃を思い出してください。ようやく立って歩けるようになったこどもの笑顔。それが、今でもまったく同じなのです。ハーモニカが吹けるようになった。なわとびができるようになった。見て、見て、というでしょう。そのとき面倒くさがったり、『今、手が離せないから、あとでね』なんて言いませんでしたか。子どもはできたことをお母さんに見もらいたいのです。それこそチャンスなのです。子どもと一緒に喜んで、ほめ上手になってください。それが低学年の、お家での一番の勉強なのです」
「でも先生、通信簿の成績がとても悪いのです。それでいいのでしょうか」
「小学生が勉強の成績が悪いのは、ひとえに教える先生が悪いからです。子どもさんが悪いのではない。私がいたらないからです。あやまります。ごめんなさい」


「先生、あの二人が、また喧嘩してまーす」
呼び出されておっとり刀で駆けつけると、例のごとくにらめ合い。一触即発の状態。
「おーい、みんな机を片付けなさい。そう、そう、教室の真ん中を空けて。よーし、それでいいだろう。さあ、思う存分やりなさい」
中山は一歩引いて腕組みをし、クラスのみんなも二人を遠巻きにし、丸く輪を作って経緯やいかにと見守る。
こうやって成り行きをみんなに観察されたのでは、二人はお互いに手出しもできず、にらみ合って立っていた。
ものの5分も経過したとき、当の一人が突然に笑い出す。つられてもう一人も笑う。みんなも笑う。中山も笑った。
「よーし、そこまで。みんなで机を元通りにしましょう」
何事もなかったように、中山が率先して教室を復元し、あっさりと職員室に戻った。
喧嘩で絶対に許されないのは弱い者いじめ。とくに男の子が女の子をいじめるのは論外。そんなとき中山は、真っ赤になってカンカンに怒る。本気で怒る。


タッチン君はよく勉強が出来るが、ひとりだけどうしても跳び箱がとべない。
「跳び箱をとべないお友だちのために、今日の放課後だれか教えてあげてくれない」
そう呼びかけて中山はトレパンに着替えて体育館に急いだ。そこにはクラス全員が集まっていた。
「みんな、来てくれたのか。タッチン君、よかったね。みんなが応援してくれるから頑張ろうな。まず一段からだ」
ちょっとはずかしそうにしていたが、一段は難なくとんだ。二段もとんだ。そのたびに回りから拍手がわいた。
汗ばんだタッチンが三段に挑戦した。跳び箱の真ん中に尻をついた。
跳び箱のうまいジンにとんでもらい、中山はタッチンと同じ視線で観察した。
「もう一度とんでみてくれないか」
そして、こんどはタッチンがとぶのをジンがじっと見た。
「わかったぞ。君の突く手の位置か後ろ過ぎるんだよ。ここに手を突くようにするのだよ」と具体的に指さした。
「とべたあー」
「がんばれ、がんばれ、タッチン」
女の子が声を揃えてエールを送る中、四段、五段とも制覇したタッチンが、みんなに向かって深々と最敬礼をした。
ほかの子も自分が制覇したように、うれしくなってはしゃぎ回った。
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2007年05月20日

私どもの固定概念をメタメタに粉砕してくれる驚きの書

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日下公人氏の著書はほとんど読んでいる。
昨年9月に出版された「数年後に起きていること」(PHP研究所 1400+税)は、すっかり読んだつもりで見過ごしていた。
同じPHP刊の「5年後 こうなる」とあまりにも題名の印象が酷似している。したがって既読の本だと勘違いしていたとしても「ボケた」と笑われることはなかろう。
これは出版社が悪い。どこまでも責任はPHPに有る。

日下公人氏は経済評論家として著名。
しかし、最初に日下公人の名を知ったのは「住宅産業」という著書だった。
「論」がついていたかどうか忘れたが、いち早くまともに住宅産業を論じた人であることは間違いない。

いまから30数年前、中央公論という雑誌で内田元享なる人がパカパカ箱を量産するだけの「住宅産業論」なるものを展開して、プレハブメーカーの支援射撃をやってのけた。
あまりにも馬鹿らしい幼稚な理論に我慢が出来ず、私は住宅ジャーナル誌で特大の特集を組み「未来産業としてのホームビルダー」を展開した。

内田理論は、手垢のついた古くさいメーカー志向型の住宅産業論。
これに対して、アメリカの住宅産業界の実態を誰よりも早く多面的に調査し、その優れた現実を熟知していたので「これからの住宅産業は消費者志向型であるべき」だと、当時としては異色の論陣をはった。
具体的に「オープンスペース・デベロップラメント」という画期的な宅地開発のコンセプトと技術体系を精力的に紹介した。
また、オープンなツーバィフォー工法の生産性の高さを詳しく記述した。
そして、当時はまだホーム・デポ社は存在していなかったが、大きなホームセンターが誕生してくることも予言した。

このうち、ツーバィフォー工法はなんとかオープンな形で日本へ導入することが出来た。大型のホームセンターも日本に育ってきている。
しかし、私の理論の中核をなしていた「オープンスペース・コミュニティ」については、日本の都市工学や建築関係の学者先生があまりにも不勉強なために、ついに日本に導入されることがなく、街づくりに活かされなかった。
このために、未来産業として生産性の高いホームビルダーも誕生しなかった。
東大をはじめとする都市工学の諸先生は、40年前からアメリカで始まったオープンスペース・コミュニティという一大イノベーションの意味を未だに理解していない。
哀しい話だが、これが現実。
日本の都市・建築工学者には、コミュニティを論ずる一切の資格がない。

話が脱線した。
オープンスペース・コミュニティの革新性とその画期的な街づくりについては別の機会に述べることにしよう。
見てきたように、日本の都市や建築工学の先生は狭い視野でしか都市とか建築を捉えていない。ランドプランニング一つすらやった経験がないから、指導が出来ない。
したがって、最初から都市と住宅に対して目指すべき方向感覚を持ち合わせておらず、まともに住宅産業を論じた学者や役人は一人もいない。
これに対して、日下公人は長銀の調査部に在籍し、経済企画庁に出向していた経験を活かし、広い視野で内田元享氏の「工業化至上論」を見事に論破してくれた。
しかし、都市と住宅の新しいイノベーションに対する理解が足りなかったので、残念ながら産業界の指針となる内容は持っていなかった。

このように、日下公人氏については昔から強い印象を持っていた。
しかし、長銀時代の氏の著作には、それほど感銘させられるものがなかった。
氏の異色な才能が本格的に開花したのは、この十年来のことではなかろうか。
発言の内容はとてもユニークで、はっとさせられることばかり。
多い時は年に数冊の著作を発表している。
堺屋太一氏や唐津一氏などは、1冊か2冊はハッとしても、全冊面白いと思うことは少ない。途中で手の内が次第に読めてくる。
ほとんどの評論家は、手品の種が尽きてきている。

ところが日下氏の場合は、つまらないと思うことは稀で、ほとんどの場合「こんな考えや視点もあったのか」とうならせられる。
これほど自在な発想力を持って、次から次へと人を驚かし続ける人は珍しい。
1930年生まれというから77才のはず。
それなのにはるかに脳が柔らかく、私どもの固定概念とか常識を、いとも簡単に粉砕してくれる。
「破壊され、痛みを伴うしびれる快感」さえ感じさせられる。

この著書は書き下ろしではなく、いくつかの講演会の話をまとめたものらしい。
ときおり、(笑い)という文字が入っている。
講演会という性格上、一部で話が重複するのはやむをえない。
しかし、語り口が冴えていて、内容が分かり易くビンビン伝わってくる。

本来だと、その面白かった点を何ヶ所か列記すべき。
たしかに、笑い転げるほどおもしろかった点が10ヶ所以上ある。
紹介したくてウズウズしている。
しかし、今回はあえて紹介しないことにした。
というのは、私の書いたものを読んで、すべてわかったような顔をしている人がかなりいるらしいのだ。
解説をいくら読んでも、固定概念が根底から覆えることはない。
皆さんに、常識が「破壊され、痛みを伴うしびれる快感」を味わってもらうには、下手に解説をするよりは本を買って読んでもらうに限る。
意地悪のようだが、その方がためになる…。

この本を読めば、貴方は悲観主義から脱皮して楽観主義者に変貌出来る。
日本の未来に確信を持つことが出来る。

いいですか、この本を読んだからと言って頭が良くなるわけでも、勉強になるわけでもない。まして儲かるわけではありません。
しかし、貴方がひねくれ者でないかぎり視点が大きく変わり、えらく得をした気分になることは間違いありません。
断っておきます。私はPHPから一銭ももらってはいません。
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2007年05月10日

お笑い番組を見る気安さで「東京でのサスティナブル」を実感する本

自然農園.bmp

山田 健著「東京・自然農園物語」(草思社 1600円+税)の書評を2つ見たが、いずれも低い評価。
小説とか文芸作品とかいう狭い決まりごとの枠内での評価。
つまり高校生を平均点とか偏差値で評価し、個々の能力を正しく評価しない入試制度と同じこと。
私は探偵小説とか感性だけが売り物の芥川賞作品にはほとんど興味がない。
そんなものより世の中には面白くて役に立ち、読まねばならぬ本がごまんとある。美しい文章なら喜んで付き合うが、くだらないスリラーや暇人の私生活の寝言に付き合っておれない。
さて、この奇想天外な農園物語は絶対にあり得ない話。だからと言って単なる夢物語ではない。上質な落語を聞いているような楽しさとリアリティと実在感がある。
殺伐とした大都会の中にあって、ほのぼのとサスティナブルの真髄を味わうことが出来る肩の凝らない好読物。


ぼくはビール会社の子会社の広告制作プロダクションに勤めていて、主としてワイン広告のコピーを書いて生活している。
3ヶ月前に築3年で、10帖と8帖、風呂、トイレ付きの1DKで、しかも緑溢れる環境の中にあるのに家賃がたった3万円という超格安のアパートへ引っ越してきた。
この大家さんは天涯孤独のひとりぼっち。身寄りも相続人もなく、一人で4000坪の土肥農園を経営。家賃が安い変わりに意外な条件がついていた。
「昔はブタを飼っていたが、後から移住してきた近隣から臭いと言われて飼えなくなり良い肥料が手に入らなくなった。そこで、ブタの変わりに安いアパートを建て、糞小便をブタの糞の変わりに畑に使わせてもらっている。間違えても朝寝坊して会社で糞をしたり、殺虫剤をまいたりしたら、約束違反で即刻出ていってもらう」

その大家さんが昨日、ポックリと亡くなった。
はたしてこのアパートと家賃はどうなるのか?
このアパートには、ぼくの外に3人の入居者がいる。引越の時、引越そばを持って挨拶に行ったので大体の素性はわかっている。
一人はまさみさんという27〜28才ぐらいの美人。駅前の「毒」という店のホステス。
もう一人の中年の仁さんは寿興業へ勤めている。寿興業というのでサラリーマンかと思ったら実はやくざ。しかし、普段は怖いという感じが全くない。
最後の一人が直也君という学生。進む方向が分からず浪人6年生というつわもの。

葬式の翌日、土肥老人の顧問弁護士という小柄な竹下という男が4人を訪ねてきた。
「立ち退けしろと言ってもそうはゆかない。先住権てェものがあるからな」と仁さんが先制攻撃をかけてすごんだ。
「そうではありません。実は4人のみなさんが、この4000坪の農地の相続人に指定されております。ただし、難しい条件がついていますので、その説明にきました」
「えっ!?」 4人の声が重なった。
竹下という弁護士の言う条件とは次のようなものだった。
「最低5年間は無農薬、無化学肥料で有機による営農を続けること。うち、最初の2年間はこのアパートに住み、土肥老人のやっていたとおりトイレの下肥で畑を続けること。この条件を守れば、5年後に各自が1000坪の土地を売ろうがマンションを建てようが相続人の自由。ただし、この相続は4人の全てが条件を受け入れた時のみ有効で、5年間に一人でも抜けた時点で相続はご破算」

坪300万円としても3億円にもなる相続。4人とも当然のことながら異議なく受けることとなり、兼業農家としての仕事がはじまった。
しかし、それぞれに仕事を持っている身。はたして有機農業を続けることが出来るのだろうか。そして、竹下弁護士が求めている営農のレベルというのはどの程度なのだろうか。場合によっては勤めを辞めねばならないほどのことなのだろうか。
「それほどたいそうな要求はしません。ただ、老人は別の収入がありましたから固定資産税などを賄えた。みなさんにはその収入がないわけですから、最低限固定資産税を払えるくらいの収入をあげて頂かないと、苦しくなるのはみなさんの方ですよ」と竹下弁護士。
「5年間にわたって小作料無しで農地をお貸しするわけです。しかもお貸しする条件は農業を営むためです。家庭菜園用にお貸しする訳ではありません。つまり業である以上、みなさんはこの農園から利益を上げる義務があるわけです。利益があがらない職業は、業とは言えません。この農地の固定資産税とアパートなどの宅地並み課税と併せて最低100万円はかかります。そのほかに苗や種、有機肥料、農機具代などがかかります。それらを含めると最低200万円以上この農地から稼げないと、相続の権利は白紙になると考えてください。したがって、1ヶ月以内に営農計画、つまり作付け計画と年間の作業評価提出して下さい」

農地を一通り案内し、契約が終わった書類を持って竹下弁護士が帰っていった。
その後で、とりあえず畑のところだけでも草刈りをしてみようということになった。
その夜、近所の焼き鳥屋で4人は乾杯をした。
「俺たちにはまっとうな農業は無理ではないか。200坪の畑の草刈りであんなに難儀するとは考えてもみなかった」
「問題はどう手を抜くかです……」
「まともなやり方が分からないで、手の抜き方が分かるわけがないじゃないか」
沈痛な雰囲気に遠慮しながら直也君が手をあげた。
「あした神田へ行って、有機栽培など農業に関する本を集めてきます。それを分担して読んで、一番楽な方法を選ぶということでどうでしょうか」

ということで、一番手間暇がかからない無耕農という自然栽培法で野菜づくりを始めて見ることにした。
ダイコン、白菜、ホウレンソウ、キャベツ、タアサイにレンゲとクローバの種を蒔いた。
種蒔きは簡単に済んだ。ところが雨が続く日を選んで蒔けと書いてあった。水道水ではカネがかかる。池から水を汲んで運ぶので、大変な仕事になった。
そして、その種が芽を出して間もなく、ほとんどが虫に食べられてしまった。
原因は肥料のやりすぎか、未熟有機物のせいか、種が有機栽培用でなかったのかもしれない。ほとんど全滅に近かった。固定資産税にとって屁の役目も果たしてくれなかった。

ところが嬉しい誤算があった。ついこの前までは緑色で気がつかなかったのだが、老人の残した果樹園にはいろんな果物の木があった。カキ、クリ、クルミ、ユズ、ミカン、レモン、キンカン、ハナユ……。
「これは売り物になる」とみんなが感じた。しかし、どう売るか…。
農家の無人販売を見て、日曜大工で販売大工さんに作り、「朝どり・有機野菜直売所」という看板を掲げた。
最初に売るのはハナユとクリ。それを一体何個を何円で売ったらいいかが分からない。
議論の結果ハナユは5個で100円とし、とりあえず20袋用意した。このほかにヤマクリ15袋と大クリ15袋を用意した。全部売れても5000円にしかならない。
「農家というのは、儲からないものだな!」
その日の夕方、帰宅してびっくり。
袋は全部なくなっていたが、箱に入れてあったお金はたったの200円。

こうした悪戦苦闘を重ねながら、異色の4人組は次第に地域に溶け込み、自然農園が地元の小学校の学習の場として活用されたり、子供が労働力になったり、子供を通じて販路が拡大したりしてゆく。
老人の残した4000坪の農園は、サスティナブル(持続可能な)宝庫であることが次々に立証されてゆく。これが何とも楽しい。
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2007年05月05日

「消費者志向」から「テクノロジー・オリエンテッド」へ

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2年前に出版された長田貴仁著「シャープの謎 勝ち続ける日本力!」(プレジデント社 952円+税)に書かれていた「テクノロジー・オリエンッド」という言葉を思い出し、改めて読み返した。

2004年の時点では、シャープはまだ三洋電機の後塵を拝しており、大手電機メーカーでは9位という位置にあった。
それが今年度の売上げ3.3兆円、利益1000億円近く、設備投資3000億円という超優良企業に変身し、売上高でも三菱電機に迫ろうとしている。

シャープと言えば液晶と太陽光発電。
今から20年も昔。それほど名を知られていなかったシャープと提携して「高気密・高断熱住宅で3kWの太陽光発電を無料で搭載します」というキャンペーンを張り、太陽光発電普及の初期の2年間で100棟を売ると言う離れ業をやってのけたことがある。
当時の住宅業界では150万円とか200万円の値引きが日常茶飯事。
「値引きを一切やらない変わりに太陽光発電設備をサービスします」という新しい商法を編みだした。 地場中堅ビルダーのこの商法をNHKや大新聞が画期的だと大きく取り上げてくれ、エコ派とか未来志向派の顧客にマッチして、売れた。

しかし、補助金制度は抽選制ということと期間的な制約があり、これがネックになってスムーズに需要が計画出来ない。そこで2年間でこのキャンペーンは打ち止めに…。
だが、シャープはこの商法から学んだ。
つまり、省エネ性能の悪いザルのような住宅に太陽光発電を搭載しても意味がない。狙いは高気密・高断熱を志向しているメーカーであり、ビルダー。
ということで、シャープは京セラや三洋を抜いて太陽光発電のトップメーカー躍り出て、その後もトップランナーとして走り続けている。

当時、液晶の最大の需要はパソコンでもテレビでも携帯電話でもなかった。
電卓で開発した液晶を、電子手帳などのモバイルとしてなんとか拡販しようとしていた。今では信じられないが、当時の液晶の最大の顧客はパチンコメーカーだった。電卓とパチンコが日本の液晶事業を立ち上げた。

当時のシャープの社長は三代目として就任したばかりの辻晴雄氏。
この人は「商品の辻」と呼ばれた。
「お客様の目線で商品をつくれ」が口癖で、自ら消費者の立場に立って商品開発をリードした。いわゆる「消費者志向型の経営」をいち早く唱えた経営者。
残念ながら直接辻社長に会って話を聞いたことはない。
担当の取締役に、消費者志向型の商品開発の具体的な姿とは何かと聞いた。
「簡単ですよ。技術者を営業の第一線へ放り出すのです。ナマの声を聞くとピリリと締まってきます」という答えが今でも耳に残っている。そして、同社の多くの技術者と交流させてもらった。ギブ&テークで、朝日ソーラーの林社長に太陽光発電の販売ノウハウをレクチャーさせられたりもした。

さて、今では「顧客の声を聞く」のは当たり前のこと。
三菱自動車、雪印牛乳、不二家などの手厳しい「事件」を通じて、製造業だけでなく流通や金融、保険などあらゆる産業界で、消費者志向こそが商いの基本コンセプトとして認識されてきている。

ところが1998年からシャープの社長を務めている町田勝彦氏は、あえてアンチ・テーゼを投げかけている。
「ユーザーの要望、不満を聞いて商品化するユーザー・オリエンテッドの手法だけでは顧客に感動を与えられない」として04年から「テクノロジー・オリエンテッド」という言葉で訴求しはじめている。
消費者のニーズは多様化してきている。その多様化してきているニーズの全てに答を用意しようとすると多くの人とコストがかかる。
研究開発では、初期段階でどんなデバイス(部品)、材料を使ってやるかを探索する時点で多額の金と時間が必要。この時、マーケットの将来をしっかり見定め、的を外さないようにテーマを絞って研究開発をやらねばならない。ということは、自動的にテクノロジー・オリエンテッドにならざるを得ない。

つまり、多様化した消費者のニーズに応じるよりは、革新的なイノベーションで新市場を創出する商品の方が、はるかに消費者に感動と共感を与える。
電卓の商品化の過程で液晶を生み、それをベースにいろんな新しい商品を開発してきた。白モノ家電でも消費者のニーズからではなく新しいテクノロジーで商品やデバイスを産んできている。
売れる商品を効率よく開発するには「顧客の声を聞け」だけを金科玉条のように考えていてはいけない。イノベーションに磨きをかけてゆくことこそがポイントだというのがシャープの一貫したポリシー。

このポリシーがあったからこそ、バブルの時に財務主導で投機に走らなかったし、商品技術よりも経営戦略を語るトップがもてはやされた時代にあっても、シャープのトップは技術の蓄積を着実に進めてきた。
いたずらに海外に生産拠点を移し、技術の流失を損なうようなこともしなかった。
いや、生産技術を労働力の安い海外に移すと、その時点で意識が安住して思考が停止する。イノベーションが停まるという。
そして、テクノロジーが生産技術と一体化してはじめて継続的なイノベーションが可能になることを体得。また、開発した新技術が機械メーカーを通じて韓国や台湾に流失して2番手企業の追従を許してきたという苦い反省から、工場を丸ごとブラックボックス化してきている。
テクノロジー・オリエンテッドという今までになかったテーマを掲げ、国内の工場を舞台に急速に力をつけてきている企業の代表がシャープ。

さて、何故今頃になってシャープを取り上げようとしたのか?

住宅産業。なかでも注文住宅業界は、基本的には消費者志向型であるべき。
多様化した消費者のニーズを的確に汲み上げ、消費者が想像していた以上のデザインを提供し、考えもしていなかった楽しい空間を演出して豊かな情緒を育ててゆく…。
安藤忠雄のように消費者のニーズを無視し、自分を主張するための手段としてしか住宅を考えない人間を、賢い消費者は完全にボイコットしてきている。
これは非常に健全な、喜ばしい現象。独善的な建築家は住宅には不要。
そしてビルダーの中に、消費者志向で提案型の素晴らしいデザイナーが何人か育ってきている。

しかし、シャープの躍進を見ていると、それだけで良いのかという疑問がついて回る。
この10年間で、日本の住宅は長足の進歩を遂げた。
基礎工事は飛躍的に良くなったし、耐震性も画期的に改善されてきている。
サイデングにはびっくりするものが現れ、システムキッチンやシャワートイレなど設備機器も長足の進歩を見せている。

だが、住宅メーカーやビルダーは、アウトソーシングという美名のもとに全てを外注に出し、単なるアッセンブラーになってきている。そして、工法的には原価償却が終わった古い手法を死守している守旧派に堕している。
省エネ面や快適さ、健康面で画期的なイノベーションが見られない。
新しい設備投資がなされていない。
工場や現場をブラックボックス化しなければならないような、住宅メーカー主体のテクノロジー・オリエンテッドが不在。

未だに「蔵のある家」などを謳い文句にして商売が続けられ、低性能のパネルでフランチャイズが維持し続けられている住宅産業界…。
やはり、どこかが狂っている。

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2007年04月05日

宅配屋のしがない営業課長が逆転の発想で立ち上げた新事業

楡周平著「ラスト ワン マイル」(新潮社刊1600円+税)
5ヶ月も前に出版された本。
なにを今更と笑われるかもしれないが、面白かった。

企業小説というと、男の命がかっているだけにどちらかというと脂ぎっていたり、血なまぐさかったり、悪臭プンプンだったりする。
中には爽やか物語もあるが、軽く読みこなせるものが少ない。
軽い本は、人生そのものと課題に対する掘り下げが足りないのがほとんど。
これは軽いのではなくて軽薄なだけ。
気軽に楽しく読めて、しかも内容が深くて教えられることが多い企業小説などというものは、存在しないと考えていた。

ところが、やたらな専門用語も出ず、普通のありふれたサラリーマンが主人公のこの小説には、新産業へエントリーすることの難しさと面白さへの深みがある。
フィクションの新鮮さが満ちている。
「こんな小説が創作できるのか!」と感心させられた。

登場する企業は、全ての人々が知っている郵政、くろねこやまと、ファミリーマート、楽天、TBSを連想させられる企業群。そして、あたかも現在進行形の現実そのものではないかと考えさせられるほど言動にリアリティがある。
とくに楽天らしい会社の社長がテレビ会社の株を買い占めようとしている動機とその武装された理論大系には、思わず相槌を打ち説得させられてしまった。
決して現実を茶化してはいない。
現実的な問題をまともに取り上げながら、テンポよく意外な展開を見せて行く。
知的な推理も十分に働かせられる。
まったく新しいタイプの企業小説と言って良い。

主人公はくろねこやまとらしき会社の本社の広域営業部の課長。主にコンビニとかテレビショッピングなど広域に商品を配送する企業を担当している。
その主要取引先のファミリーマートらしいコンビニから「部長と一緒に来て欲しい」という要請があった。なぜ部長の同伴が求められたのか理解出来ないまま参上した。
コンビニの経営企画室長が用件を切り出した。
「わざわざ部長においでいただいたのはお願いがあるからです。実は、御社との取扱契約を見直させて頂きたいのです。ざっくばらんに言いますと併売させて頂きたい」
「契約書には、当社の承諾を得ないで類似の業務を行ってはならないとあります…」
「分かっています。だからお願いしているのです。はっきり申します。併売の相手は郵政です」

コンビニ業界の将来性に着目し、宅配便の取り扱いを持ちかけ、ビジネスとしてものにしてきたのが部長だった。そして大手6社と取引しており、売上げの20%を占めるまでになっている。
営々と築き上げてきたビジネスを、税金で全国ネットを拡げてきた郵政がコストを無視した安い単価設定で客を奪おうとしている。ファミリーマートの8000の窓口だけでなく、他のコンビニにも食指を伸ばしているのだろう。そう考えると背筋に戦慄が走った。

会社としてはファミリーマートらしきコンビニの申し出を断る方針が決まった。その空いた穴をなんとか埋めなければならない。新規開拓の厳しい命令が出された時、楽天らしき会社の担当から主人公に電話がかかってきた。折り入って相談があると。
海のものとも山のものともわからない楽天になんとか手を貸し、15%安という価格設定でネットショッピングモールの立ち上げに協力してきたのは、ほかならぬ主人公だった。恩を着られることはあっても、難題を言われるわけがないと考えていた。
ところが、呼び出されて言い渡されたのは実質3%の値引きだった。年間290億円3%というと8億7000万円にもなる。到底飲める相談ではない。
「これは、社長直々の命令です。社長の性格はご存知のとおりオール or ナッシング。2ヶ月間待ちます。上司とご相談なさってどちらかの結論を出していただきたい」

社へ帰って部長に報告をした。
コンビニ2社に逃げられ、さらに楽天まで失うわけには行くまいということになった。
「答をもって行くまでに2ヶ月あります。私に時間を下さい」
何一つ具体的な勝算はなかったが、主人公は部長に言った。

そして、お盆休みを利用して宮城県の妻の実家の祖父の七回忌に当たるので、一家で夜中に車を飛ばして早朝に帰省した。
義父母は2人の孫に取れたてのトマトと出来たばかりのトウキビを出してくれた。家庭用につくっているもので、トマトもトウキビも格別に美味しかった。
「有機農法もあるけれど、規模が小さいから手を抜けばろくな作物は育たない。大規模生産地と手間暇のかけかたが全然違うのっさ」と義夫。
その時、つけっぱなしのテレビのニュースが飛び込んできた。
「インターネット上にショッピングモールを開設して会社が民放テレビの発行済み株式の15.6%を取得していることが明らかになりました。さらに30%程度まで買い進める意向……それでは社長の記者会見の模様をお聞きください」

主人公はテレビに釘付けになった。そして記者会見を見ながらつぶやいた。
「何がネットだ。何が新しいメディアの創出だ。本当に強いのは実態の無いお前らじゃない。額に汗してコンテンツを作り上げている会社だ。お前らは全国ネットの運送事業が出来るか。俺たちはお前らのビジネスは模倣できるが、お前らが……」
そう考えてきてはっとしてその場に固まった。そうか、その手があったか。

主人公はトマトとトウキビをもらって車で引き返し、出社して部長にいった。
「わが社の全国の支店網、営業力を駆使して一般に流通していないこのトマトやトウキビのような食材や名産品を発掘し、それをわが社独自のショッピングモールをネット上に開設して売るというアイディアです」
「馬鹿。ショッピングモールは寡占状態だし、立ち上げには20億円もの投資が必要だ。それが簡単にゆくなら誰もがやっている。出店を集める費用と労力を考えてもムリだ」
「出店費用を無料にするので出店は集まります。無料にしても運送費で儲かる当社だから出来るのです。たしかに20億円の投資は大きいけど、値切られた3年分で元がとれます」
しかし、部長は首を立てにふらなかった。思いつきにすぎず企画書としての態をなしていなかった。しかし、時間外で企画書をまとめるということはなんとか認めてくれた。

普通の営業のサラリーマンが、時間外に新しい事業の企画書をまとめあげるということは、想像以上に困難。とてもじゃないが一人では出来ない。そこで同僚と楽天のシステム開発を担当した技術者と、買い物に詳しい課のOLに加わってもらって、企画を煮詰めることにした。
ところが、最初から壁にぶつかった。
「無料」ということであれば、玉石混淆というよりは石の方が多く参加する。これをどうとり除いてゆくか。
そして、ネット上のショッピングモールの最大の問題は、どうしたら利用者の興味を惹きつけ、信頼して注文にまで漕ぎ着けるかにある。

いろんなアイディアを出してトライしてみるが、著作権の問題などで挫折してしまう。
ともかく起業というのはそんなに簡単なものではない。サラリーマンの片手間仕事で成就出来るようなものではない。

ところが、この主人公等は、なんとか企画書をまとめ上げ、部長の協力を得て役員会議を通し、テレビ会社と共同で新しいショッピングモールを立ち上げてしまう。
フェクションだから余計に面白い。
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2007年03月05日

政治には触れたくないのだが……「小泉官邸秘録」の面白さ

政治の話は、出来るだけ触れないことにしている。
しかし、いま小泉前総理が自伝を出したら、おそらくダントツのベストセラーとなるであろう。

3年前、クリントン前大統領が自伝「マイ・ライフ」を出版した。
契約金は9億円を突破したとか、220万部の予約があったとか、いろいろ賑やかに喧伝されていた。
8年間アメリカの大統領であるということは、もっとも新しい現代史そのものを語るということにほかならない。したがって、否応なしに注目される。

戦後の日本の宰相の中で、なんだかだといっても一番書かれてきたのが吉田茂であり、田中角栄であった。そして、宰相の中で自伝を書いた人はいない。(多分いないはず)
小泉純一郎宰相は人気が高かっただけに、自伝を書けばとぶように売れることは間違いない。
「自民党をぶっつぶす」との派手なパフォーマンスで大活劇を繰り広げてきた。誰だってその裏にあった真相を知りたい。ともかく、吉田茂、池田勇人、田中角栄とともに小泉純一郎氏は、好むと好まざるとにかかわらず日本と日本人の意識と行動を変えた宰相の1人であることは間違いない。
だが、現役の小泉氏は、この数年以内に自伝を書くことはなかろう。

その小泉氏に変わって首席総理秘書官であった飯島勳氏が昨年暮れに「小泉官邸秘録」(日経新聞刊、1800+税)を上梓した。
この本は三部から成り立っている。
第1部  小泉内閣誕生 波高き船出
弟2部  有言実行 小泉改革の着実な推進
第3部  小泉改革の総仕上げ 郵政民営化

この中で、何と言っても面白いのはクライマックスの第3部だろうと最初は思った。
ところが、第3部は知っていることが多くそれほど面白くない。面白いのは第1部と弟2部。党内基盤のない小泉内閣は、どうせ短命に過ぎないと言われていた頃に、次々と意表をついて新政策を実現させて行く過程が読ませる。
総理秘書官というのはそれほど文才がないだろうというイメージがある。ところが、なかなかどうして。文章は簡潔で饒舌もなく、それでいて表現が的確で驚かされる。下手な小説家よりも優れている。

小泉内閣の最大の特徴は「官邸主導」にあった。
その最初の試金石になったのがハンセン病訴訟。熊本地裁で国が敗訴した。当然法務省も厚生労働省も控訴する準備を進めていた。
このため患者団体は国に控訴をしないように総理に面談を求めた。総理は約束の時間をオーバーして患者団体と面談した。しかし、言質を与えなかった。このため各紙とも「控訴やむなし」と報道した。その直後のぶら下がり会見で「控訴はしない」と言った。各紙は走った。会見の直前に首相は根回しを行なったが、総務省とか厚生省の役人は知らされていなかった。

次は「骨太方針」。
原案が諮問会議に提出され、数日後に内閣のホームページに完全公開された。密室での調整・妥協を排する手法。当然、党の総務会から大反論。
「総論さえしっかりしておれば、各論は抑えられる」と小泉総理。「各省が各論に反対だったら具体的な対案を用意して、大臣自らプレゼンテーションさせろ」と指示。
「特殊法人は隠れ借金の塊。特殊法人改革は不良債権処理。政府の不良債権処理が一番遅れている」と道路公団改革と医療制度改革へ取り組んでいったのは記憶に新しい。

その時に、国内でBSE牛が発生した。武部農水大臣は国会で袋だたきにあっていたが、小泉総理は「これを機に消費者重視の農政に転換すべき」と武部大臣を支援し、食糧庁の廃止と「食品安全の委員会」を設置した。災い転じて福にした事件。
それから1年後、今度はアメリカでBSE牛問題が発生した。
この時、外務省関係者などは政治問題として処理しようと策動したが総理の態度はブレなかった。
「この問題は、どこまでも科学者が専門的な観点から検討すべきであり、政治的に判断すべきではない。アメリカの生産者は、日本の消費者がお金を出して牛肉を買ってくれるお客様であるということを忘れてはならない。政治的にムリに市場をこじ開けることは長期的にみて決して利益にならない」と。

そして、次ぎに起こったのがイラク問題。
これについては小泉総理の意中が分かる記述がない。その変わり飯島首席秘書官の考えが述べられている。これが面白い。あるいは総理の意見であったのかもしれない。
中東の国々は、言葉は悪いが「不労所得」で生きている国家群。
指導者の役割というのは、石油から上がった冨を国民に分配するのが仕事。
サウジの王族、フセインのような軍事独裁者、イランの宗教指導者、パレスチナのアラファト議長と、中東の指導者にはいろんなタイプがあるが、成功している指導者には共通点がある。それは「冨の分配が上手」ということ。
民主主義国では所得に応じて納税の義務を負うが、これらの国には納税の義務がない。軍人も同じことで、単なる国家公務員。愛国心で志願しているのではなく冨の分配を受けるのには有利な立場だからというだけのこと。だから1990年の湾岸戦争の時はボーナスが出た直後だから頑張ったが、2002年の時は給料が2ヶ月遅配していたのでほとんどが軍服を脱ぎ捨てた。

飯島首席秘書官は、当時のシェア駐日アメリカ大使にアメリカの姿勢に対する疑問を投げかけた。
「こうした冨の分配国家であるイラクに対しては、必ず雇用を満遍なく生み出すようにしなければならない。この国を民主主義の国家に変え、納税の義務を国民に負わせるまでには30〜40年はかかる。どのような形でも冨の分配を考えなければならない。そうしなければ治安の悪化は必至。民主主義よりも雇用の創出が急務である」と。
そして、情勢が落ち着いたら日本はメソポタミア湿原の復元に協力して行くべきだと考えていたという。これだったら100万人単位での雇用の創出が見込める。

いずれにしろ、サマーワにおける自衛隊が無事に目的を果たして帰国出来たのは、イスラム教の高い地位のある人を通訳として雇い、雇用機会を増大してサマーワの人々から感謝されたという事実があった事実を忘れてはならない。
このほか、小泉総理がバイオマス・ニッポンの総合政策にただならぬ関心を持っていたなど、面白い裏話が一杯あるが省略。やはり、郵政に対する小泉語録で締めくくろう。

「民主主義国、発展途上国、共産主義国を問わず、1つの職域で公務員がもっとも多いのが軍隊。ところが、世界で日本だけが軍隊ではなく郵便局員。郵便局員が公務員でなければならない理由は1つもない。郵政民営化というのは潰すことではない。国鉄がJRになり鉄道がつぶれたか。電電公社がNTTになって電話はなくなったか。とんでもない。税金を使うどころか税金を納めるようになっている。郵政民営化論は、もっと自由にやらせ、地域の拠点として国民に多角的なサービスを提供させることにあるのです」
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2007年02月10日

久しぶりに骨太の企業小説に巡り会うことが出来ました!

私は昔から企業小説とか伝記物が大好き。
企業をテーマにした小説であれば何でもいいというのではない。
豊田喜一郎、松下幸之助、井深大、本田宗一郎をはじめとした起業家。
彼等の独創的なアイデアは、必ずといっていいほど数々の失敗と大きな壁にぶつかる。その壁との必死の闘いに《汗と命の輝き》がほとばしる。
キラキラと輝いている汗と命が、なんとも美しい。

そして、命の輝きが感じられるのは、何も起業家に限ったことではない。
ガウディや伊藤豊雄といった建築家にも感じられるし、木質構造の杉山英男にも感じたし、植物学者宮脇昭にも感じられる。
それほど名を知られていないが音楽家の野村誠也、教育家の佐藤学、人形作家の中村園、元漫才師島田洋七を育てた佐賀のばぁちゃん、etcにも ………。
結局は、人間としての魅力に惹かれるのだと思う。

起業は、血のションベンなくしてあり得ない。
試行錯誤、トライ・アンド・エラーの繰り返し。何回となく断崖絶壁に追い込まれるのだが、不撓の精神力で奇跡の生還を果たす。その不死身な闘いの繰り返し。
だからこそ企業小説が面白い。

ところがこの20年来、企業小説の書き手に銀行マン出身が多くなってきた。
幸田真音、江波戸哲夫、江上剛、池井戸潤、橋口収……。
そして、高杉良をはじめとして「銀行小説」のオンパレード。
とくに高杉良の描く最近の銀行小説には付き合いたくない。
かつての「小説 日本興業銀行」は、中山素平をモデルとしていただけに読ませた。わくわくしながら五巻を読んだ。
それが、バブル以降の銀行のトップには倫理観もなければ使命感もない。語りに足りる人物がいない。あるのは責任逃れと派閥抗争で、面白い本は一冊もない。
唯一面白かったのは池井戸潤の「俺たちバブル入行組」というサラリーマンもの。

「ザ・ゼネコン」という本を期待して買ったら、技術屋は一人も登場せず、登場するのは銀行屋ばかり。完全に裏切られた。もう頭取物語を読みたい者は誰もいないのに…。
米銀出身の幸田真音は、その特殊な世界を垣間見せてくれたので一時は面白かったが、最近の「周極星」は主人公に魅力がなく失望させられた。
そんなわけでイライラしていた。

楡 周平著「異端の大義」(上)(下)(毎日新聞社、税込各1700円)はガツンときた。
舞台は大手家電メーカー。
かつて日本の半導体産業は世界のシェアの半分以上を占めていた。現在の自動車産業以上の実力を持つ世界に冠たる半導体王国であった。
それが1987年の通産省命令による生産調整で、設備投資を手控えてしまった。いや、手控えさせられたという方が正しい。しかし、王国だという驕りと気の緩みが日本のメーカーにあったのは事実。日本のメーカーの萎えた設備投資意欲のスキをついた韓国のサムソンが日本の技術者をスカウトし、設備投資を繰り返して日本の半導体メーカーを凌ぐようになり、ついには駆逐するまでになった。
物語はそこから始まる。

主人公は、家電大手東洋電器のシリコンバレーにある半導体R&Dセンターの責任者。シカゴ大学のMBAの資格を得ている幹部候補生の一人。
しかし、サムソンに駆逐されてアメリカのR&Dセンターを閉鎖することになった。その閉鎖作業を終え、アメリカへきて最初で最後の釣り旅行に出た。
たまたまランドクルーザーで乗り付けたのがクラマス・リバーの河原。そこがアメリカ家電K社の副社長の私有地だった。同じシカゴのMBA出身ということが分かり氏の山荘に招待され、8年間のアメリカ生活の垢を落として帰国した。

東洋電器は大手家電メーカーでありながら同族会社。社長とか人事本部長は一族の出身。
その人事本部長は同期生。帰国歓迎会の席上で「希望退職と言っているが、実際は指命解雇。そのために前から賃金制度改正をやってきたのだ」と平然と言われた。
不況にあえぐ東洋電器はリストラの真最中。
あてがわれた仕事は市場調査。そこで働いていると人事本部長の良からぬ噂が流れてきた。友達として忠告をしたら、それを根に持った。

半導体事業部が同業他社と合併して別会社化することになり、東洋の岩手工場が閉鎖されることになった。その800人の首切りの責任者、つまり岩手工場の労務担当部長に主人公は任命される。
主人公の父は元商社マン。鉄鋼部門を分離独立させる時、リストラの指揮をとらされた。その時の経験からリストラされる側にも問題があると主人公に語りかけ、覚悟を迫る。
「企業の名が世間に知られるようになったとたん企業の衰退が始まる。一流の大学出が集まるが、彼等は安定志向で、中小企業の将来性を見いだして命をかけようというというような覇気がない。そんな人間が経営のトップに昇りつめてゆけばどうなるか。安定志向を願った側にも一端の責任があるということを忘れてはならない」と。

人事本部長の恣意的な左遷人事。しかし主人公は工場労働者と、地域の市町村に与えるダメージを少しでも小さくしようと猛奮闘する。
工場閉鎖の苦しみを、これほどまで丁寧に描いた小説を見たことがない。誰もが首を切られたくない。しかし主人公の努力に対して組合をはじめ社員は同調してゆく。経営の苦しさが分かっているから・・・。
「農家は個人経営ですから、経営の苦しみが分かるのです。ですから会社の意向に逆らってまで従業員の意志を尊重しようとする部長に頭が下がる思いがするのです」

しかし、その主人公の努力と成功に水をさす事件が起こり、今度は首都圏で一番営業成績の悪い販売子会社の営業部長に左遷される。したがって、小説としてこれほど面白味に欠ける筋書きはない。
さすがに我慢が出来なくなり、外資系の人材斡旋会社に出かけて転職運動を試みる。
ところが、面談した50才ぐらいの担当者からきつい言葉が返ってくる。
「貴方の学歴と経験で問題になることは1つもありません。しかし、次の職場は簡単に見つからないでしょう。なぜなら、東洋電器という会社が無配、赤字に転じてから四年たちます。経営の一陣を担う人間としては決定的な欠点があるからです。それは、貴方の決断力の遅さです」

この主人公が、クラマス・リバーの河原で会ったアメリカ家電K社の副社長に幕張メッセのエレクトロニック・ショーで偶然に再会する。
そして、同社の中国のマーケティングディレクターとしてスカウトされる。

さらに最後には、意外などでん返しでハッピーエンドになるのだが、そのハッピーエンドよりも不況に落ち込んでなんとか延命を図ろうともがく同族会社。その一族の同期生からのひどすぎるイジメ。現在の企業の実態に惹きつけられ、考えさせられる。

その逆境の中で、衒うことなく目一杯に生き抜いた無骨なサラリーマン。そこにも、汗と命が輝いている。
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