2007年04月05日

宅配屋のしがない営業課長が逆転の発想で立ち上げた新事業

楡周平著「ラスト ワン マイル」(新潮社刊1600円+税)
5ヶ月も前に出版された本。
なにを今更と笑われるかもしれないが、面白かった。

企業小説というと、男の命がかっているだけにどちらかというと脂ぎっていたり、血なまぐさかったり、悪臭プンプンだったりする。
中には爽やか物語もあるが、軽く読みこなせるものが少ない。
軽い本は、人生そのものと課題に対する掘り下げが足りないのがほとんど。
これは軽いのではなくて軽薄なだけ。
気軽に楽しく読めて、しかも内容が深くて教えられることが多い企業小説などというものは、存在しないと考えていた。

ところが、やたらな専門用語も出ず、普通のありふれたサラリーマンが主人公のこの小説には、新産業へエントリーすることの難しさと面白さへの深みがある。
フィクションの新鮮さが満ちている。
「こんな小説が創作できるのか!」と感心させられた。

登場する企業は、全ての人々が知っている郵政、くろねこやまと、ファミリーマート、楽天、TBSを連想させられる企業群。そして、あたかも現在進行形の現実そのものではないかと考えさせられるほど言動にリアリティがある。
とくに楽天らしい会社の社長がテレビ会社の株を買い占めようとしている動機とその武装された理論大系には、思わず相槌を打ち説得させられてしまった。
決して現実を茶化してはいない。
現実的な問題をまともに取り上げながら、テンポよく意外な展開を見せて行く。
知的な推理も十分に働かせられる。
まったく新しいタイプの企業小説と言って良い。

主人公はくろねこやまとらしき会社の本社の広域営業部の課長。主にコンビニとかテレビショッピングなど広域に商品を配送する企業を担当している。
その主要取引先のファミリーマートらしいコンビニから「部長と一緒に来て欲しい」という要請があった。なぜ部長の同伴が求められたのか理解出来ないまま参上した。
コンビニの経営企画室長が用件を切り出した。
「わざわざ部長においでいただいたのはお願いがあるからです。実は、御社との取扱契約を見直させて頂きたいのです。ざっくばらんに言いますと併売させて頂きたい」
「契約書には、当社の承諾を得ないで類似の業務を行ってはならないとあります…」
「分かっています。だからお願いしているのです。はっきり申します。併売の相手は郵政です」

コンビニ業界の将来性に着目し、宅配便の取り扱いを持ちかけ、ビジネスとしてものにしてきたのが部長だった。そして大手6社と取引しており、売上げの20%を占めるまでになっている。
営々と築き上げてきたビジネスを、税金で全国ネットを拡げてきた郵政がコストを無視した安い単価設定で客を奪おうとしている。ファミリーマートの8000の窓口だけでなく、他のコンビニにも食指を伸ばしているのだろう。そう考えると背筋に戦慄が走った。

会社としてはファミリーマートらしきコンビニの申し出を断る方針が決まった。その空いた穴をなんとか埋めなければならない。新規開拓の厳しい命令が出された時、楽天らしき会社の担当から主人公に電話がかかってきた。折り入って相談があると。
海のものとも山のものともわからない楽天になんとか手を貸し、15%安という価格設定でネットショッピングモールの立ち上げに協力してきたのは、ほかならぬ主人公だった。恩を着られることはあっても、難題を言われるわけがないと考えていた。
ところが、呼び出されて言い渡されたのは実質3%の値引きだった。年間290億円3%というと8億7000万円にもなる。到底飲める相談ではない。
「これは、社長直々の命令です。社長の性格はご存知のとおりオール or ナッシング。2ヶ月間待ちます。上司とご相談なさってどちらかの結論を出していただきたい」

社へ帰って部長に報告をした。
コンビニ2社に逃げられ、さらに楽天まで失うわけには行くまいということになった。
「答をもって行くまでに2ヶ月あります。私に時間を下さい」
何一つ具体的な勝算はなかったが、主人公は部長に言った。

そして、お盆休みを利用して宮城県の妻の実家の祖父の七回忌に当たるので、一家で夜中に車を飛ばして早朝に帰省した。
義父母は2人の孫に取れたてのトマトと出来たばかりのトウキビを出してくれた。家庭用につくっているもので、トマトもトウキビも格別に美味しかった。
「有機農法もあるけれど、規模が小さいから手を抜けばろくな作物は育たない。大規模生産地と手間暇のかけかたが全然違うのっさ」と義夫。
その時、つけっぱなしのテレビのニュースが飛び込んできた。
「インターネット上にショッピングモールを開設して会社が民放テレビの発行済み株式の15.6%を取得していることが明らかになりました。さらに30%程度まで買い進める意向……それでは社長の記者会見の模様をお聞きください」

主人公はテレビに釘付けになった。そして記者会見を見ながらつぶやいた。
「何がネットだ。何が新しいメディアの創出だ。本当に強いのは実態の無いお前らじゃない。額に汗してコンテンツを作り上げている会社だ。お前らは全国ネットの運送事業が出来るか。俺たちはお前らのビジネスは模倣できるが、お前らが……」
そう考えてきてはっとしてその場に固まった。そうか、その手があったか。

主人公はトマトとトウキビをもらって車で引き返し、出社して部長にいった。
「わが社の全国の支店網、営業力を駆使して一般に流通していないこのトマトやトウキビのような食材や名産品を発掘し、それをわが社独自のショッピングモールをネット上に開設して売るというアイディアです」
「馬鹿。ショッピングモールは寡占状態だし、立ち上げには20億円もの投資が必要だ。それが簡単にゆくなら誰もがやっている。出店を集める費用と労力を考えてもムリだ」
「出店費用を無料にするので出店は集まります。無料にしても運送費で儲かる当社だから出来るのです。たしかに20億円の投資は大きいけど、値切られた3年分で元がとれます」
しかし、部長は首を立てにふらなかった。思いつきにすぎず企画書としての態をなしていなかった。しかし、時間外で企画書をまとめるということはなんとか認めてくれた。

普通の営業のサラリーマンが、時間外に新しい事業の企画書をまとめあげるということは、想像以上に困難。とてもじゃないが一人では出来ない。そこで同僚と楽天のシステム開発を担当した技術者と、買い物に詳しい課のOLに加わってもらって、企画を煮詰めることにした。
ところが、最初から壁にぶつかった。
「無料」ということであれば、玉石混淆というよりは石の方が多く参加する。これをどうとり除いてゆくか。
そして、ネット上のショッピングモールの最大の問題は、どうしたら利用者の興味を惹きつけ、信頼して注文にまで漕ぎ着けるかにある。

いろんなアイディアを出してトライしてみるが、著作権の問題などで挫折してしまう。
ともかく起業というのはそんなに簡単なものではない。サラリーマンの片手間仕事で成就出来るようなものではない。

ところが、この主人公等は、なんとか企画書をまとめ上げ、部長の協力を得て役員会議を通し、テレビ会社と共同で新しいショッピングモールを立ち上げてしまう。
フェクションだから余計に面白い。
posted by unohideo at 07:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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