私がハイデルベルクの市長だったら…。
ネッカー川の対岸の雛壇状の住宅群を世界遺産に登録し、半永久的にその景観を保護する。
そのことによって、毎年数百万人の観光客の増加が見込める。とくに建築を学ぼうとする者にとっては必訪の聖地となろう。
という世界遺産的な景観夢物語を打ち切って、現在の木造住宅へ話題を移そう。
2年前にベルリンを訪ねた時は木造住宅を訪ねていない。高級住宅街を外部から写真を撮って回っただけ。したがって、ドイツの北方圏の住宅のことは分からない。
これから書くのはフランクフルト以南のドイツ、とくにミュンヘン周辺からからオーストリアにかけての木造住宅に限定されていることを最初に断っておく。
アルプスというとスイスが独占しているかのように感じられるが、フランス、イタリア、オーストリアとドイツにまたがっている。
冬期に、美しいデザインを求めて、フランス側からアルプス越えをしたことがある。曇天の中では、眼の保養になるものは少なかった。
ただ、アルプスを中心とした山麓建築の特徴として、軒の出が長いだけでなく、ケラバの出も長いということが、強く印象に残っている。
持ち送り梁によって、時には2メートル以上もケラバを出しているものがある。
3年前の中越地震で訪れた豪雪地川口町では、伝統的な「セイガイ建築」を数多く見た。このセイガイ建築の由来の説明は省く。
ともかく、軒の出が約1.8メートルで、ケラバの出が約1.4メートルにも及ぶ。
これだと豪雪が屋根から落下しても、一階の壁を傷つけることはない。
もっともセイガイ建築は高床式で、一階はコンクリートで地下室のような構造になっているので、雪ではめったに傷付くことはない。
除雪を省くために発想されてきた日本の知恵だと考える。
震度7の激震を受けながら軽微な被害ですんだSWで耐震補強をした本格的なセイガイ建築。
2500ガルの烈震地に建てられた尾久杉を使った築数年という素晴らしいセイガイ建築。だが繰り返された強い余震で通し柱が折れ、1/10ラジアンの変形で力尽きた哀しい姿。
同じ知恵がアルプス周辺地域でも発想されたのではないかと推測する。
訪れた南ドイツやオーストリアの郊外では、写真のような住宅を数多く見かけた。
上の2点は築100年以上の古い民家。
下の4点は比較的新しい民家や私共が宿泊したペンション。
そして、帰国する最終日の土曜に、ミュンヘンの木造住宅の展示場へ足を運んだ。
正直なところ、たいして期待を持っていなかった。
というのは、スウェーデンで住宅展示場へ行ってがっかりしたことがあったから…。
かなりの数の木造住宅が展示されていた。
しかし、それは「サマー・ハウス」と呼ばれるもので、4週間にも及ぶ長い夏休みに出かけるバケーション用のセカンドハウスだった。
冬にはほとんど使わない、夏休みが主体のセカンドハウスだから規模も小さく、断熱性能などにそれほど見るべきものがない。
造作工事も手を抜いたものが多かった。本格的な住宅ではないからほとんど参考にならない。
ドイツでも、そのおそれがあるのでは…と考えていた。
ところが、ミュンヘン郊外の展示場は、本格的なファストハウス。
総戸数は56棟。
うち日本のような総2階建ては2、3戸にすぎず、大屋根の勾配空間を利用したものがほとんど。
そして、軒の出も、ケラバの出も大きい伝統的な切り妻が圧倒的。
日本の場合は敷地が小さく、最大限の住空間を得るためには総2階にせざるを得ない。
そして、北側斜線、道路斜線にひっかかるので、簡単にケラバの出を大きくは出来ない。
そして、寄せ棟で軒裏を水平にしようとすると、サッシの上端の関係から軒の出も自動的に抑えられてくる。
その上に南欧風やシンプルモダンの流行ということもあって、妻面の壁や窓に風雨が直接当たり、太陽の直射日光に曝され、省エネと耐久性の面で問題が多いデザインが主流になってきている。
ドイツの戸建ては、大都市の中心エリアには需要がなく、地方都市の郊外需要に支えられている。このため、かつての日本の住宅がそうであったように、軒の出とケラバの出の大きい伝統的な基本デザインが、かたくなに守られている。
「戸建て住宅はかくあるべし」という、好きとか嫌いなどという次元を超越したポリシーが今でも貫通していると考えるべきなのだろう。
ある意味ではローカル的であり、保守的でもある。
こうしたモデルハウス群を眺めていると、日本の住宅が洋風的デザインを追いすぎるあまり、大切な忘れものをしてきたということに気づかされる。
ミュンヘンのこのデザインが優れているというのではない。
しかし、セカセカと歩いてきた足をとめ、振り返って見る必要性を語りかけてくれている。
そうした囁きを、とくとお聞きいただきたい。
ただし、私たちが延べ2000キロに亘って走行した町の中で、こうしたモデルハウスに類似した住宅をそれほど見かけることがなかった。
なにしろ走ったのは幹線道路が多い。新興住宅地は幹線道路からから外れて建てられているのだろう。そして、幹線道路から外れた地方の小さな町の中もかなり走ったが、モデルハウスと同類の住宅を見る機会が少なかった。
その理由が、未だに分からない。

