2008年10月20日

西洋館の歴史的宝庫を発見  ドイツパッシブハウス調査(2)



肝心のパッシブハウスは、少しお預け。

まず、住宅のデザインについて簡単に触れたい。
日本の伝統的な住宅のデザインは、切り妻、寄せ棟、入母屋、大屋根に限定されてきたといっても過言ではない。数寄屋造りというのはその一形態に過ぎず、独自の時代性を持ってはいない。
ヨーロッパの建築物のように、その存在がある時代的を表現していることはない。

ギリシア、ローマ、ロマネスク、ゴジック、ルネッサンス、バロック、ロココ建築など。
ヨーロッパの建築物は、時代と建築史を抜きには語れない。
そして、それぞれの時代の成功者は、最新の建築手法でお城のような豪邸を建ててきた。
フランスではこうした豪邸のことを「マンション」と呼ぶ。
フランスの郊外を走っていると、時折こうした「マンション」にお目にかかれる。
ところがドイツのハイデルベルグで、写真のマンションに出会った。

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ハイデルベルグは古くから学生の街。旧市街地を歩いているとゴヂック、ルネッサンス、バロック調の教会や公的建築物を見かける。いわゆるドイツ風の建築物が、必ずしも主流を占めている街ではない。小パリという印象を受けた。
しかし、街の中を流れるネッカー川の対岸にこのマンションを発見した時の驚きと感激。
あまりの不意打ちに息が詰まった。
もちろん、これはマンションとしては最低限の規模のもので、この建築物そのものに騒ぎ立てるほどの価値と美があるわけではない。

中高層ビルの一部を「マンション」と称して分譲しているのは日本だけ。
世界ではこれを「コンドミニアム」という。
ハワイで、日本人向けにコンドミニアムの売り込みブームが続いたので、コンドミニアムのことを別荘型中高層分譲住宅のことだと勘違いしている向きもある。
いずれにしろ、ヨーロッパで「私はマンションに住んでいます」などとは、口が裂けても言ってはならない。
言った途端に、貴方はアラブかロシヤの成金並みの億万長者と考えられ、天文学的なサービスと請求書に見舞われることになる。

前回も軽く触れた坂井洲二著「ドイツ人の家屋」は、3年前の「独善的週刊書評」(2005年12月23日付)の第10号で取り上げているので、関心のある方は見て頂きたい。
内容を要約すると、日本では紀元前3000年から4000年前に、栗林と一部の野菜栽培の成功で人類としていち早く定住をなしとげた青森の山内丸山遺跡。ここには巨大な栗材で大展望台1棟と高床式倉庫3棟の建築がなされた跡が確認されている。
しかし、住居は竪穴式で、木造住宅とは呼べなかった。
ところがドイツのボーデン湖では紀元前2200年前の木造住宅群が湖底から発見された。
日本と違って湖の底も周辺も固い岩盤。そこに最初はカシ、トリネコ、ヤナギなどの広葉樹で家を建てた。そして、青銅器時代に入ってアカマツなどの針葉樹が加工出来るようになり、ログハウスが建てられていた。
だが、やがて氷河期が終わって湖水面が上昇し、それらの木造住宅が湖底に沈んでしまった。酸素が供給されない水中では、木材は腐朽しない。それを掘り起こして湖岸に4000年前の姿のまま再生しているという。世界最古のログハウスは、ボーデン湖周辺を嚆矢とするらしい。
折角ボーデン湖まで足を伸ばしたのに、事前の調査と打ち合わせ不足のためにその再生住宅を見るチャンスを失したことを、いまさらながら悔やんでいる。

しかし、ドイツ建築の主流になったのは木骨土壁造。
地震がないから建築物は鉛直荷重を支えるだけでよい。
このため、ドイツでは早い時期に通し柱が姿を消した。
そして、太い柱と同寸の筋交いと厚い土で固めて壁をつくった。その壁の柱にセイの大きな根太を床として渡して各階を区切った。現在のブラットフォーム工法の原型。
このプラットホームで、5階から6階建ての建築物を建ててきている。
ドイツを代表するチャンピオン建築物はこの木骨土壁造。
これは過去の工法で、現存するものはそれほど多くはない。しかし、ドイツ旅行の案内本には必ず「絵」として下のような写真が掲載されている。このため、これが普遍的な建築物だと勘違いしている向きも少なくない。こうした中層建築物は歴史的な建造物で、新築物件はほとんどない。

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そんな次第で、私も木骨土壁造の美しい写真を1、2枚は摂りたいと考えていた。
初日の夜、フランクフルトの中心にあるレーマー広場へ行ったが、夜景と言うこともありシャッターを押したくなるほどの美しさと感動がなかった。
上海を連想させる超高層ビルや中層の商業ビルにも食指が動かない。
近代建築を調べるためにドイツへきたわけではない。
ということで、ワゴン車の最前列に座っていたが、都心部ではほとんどカメラに触れずじまい。
それなのに、ネッカー川の対岸には吸い寄せられた。

今から30年前、ツーバィフォー工法が普及する以前の日本の住宅は、ほとんどが切り妻か寄せ棟の、味もそっけもないプレハブ住宅が日本を制覇していた。
私はこの時代を「住宅デザインの白黒テレビ時代」と呼んでいる。
動いている映像が写っているだけで嬉しかった白黒テレビ。
住宅も雨風をしのげることさえ出来ればよかった。
それが、ツーバィフォーの出現で一変した。

三井ホームのスタート時のてんやわんや騒動は面白い。
「ツーバィフォーはフリープランである」ということで、モデルハウスのデザイン選定を本社の商品開発部で行うのではなく、各支店に一任してしまった。そしたら、3タイプのモデルが建てられた。
(1)千葉、名古屋、福岡などは田舎好みの和風タイプ (2)横浜などは三井不動産の分譲住宅の売れ筋タイプ (3)荻窪など都心部は若い設計士による目立ちたがりタイプ。
この中で(3)は入場者が多いが契約がまとまらない。(2)は堅実だが入場者が少ない。一番ひどかったのは(1)の和風で、和風で建てるのだったら軸組を選ぶ。わざわざツーバィフォーの紛い物を選ぶわけがない。このため入場者、契約率とも最低。
こうして、設立3年経っても売上げが伸びず、三井ホームの累積赤字は膨らむ一方。
撤退を心配しなければならないほどの不振を救ったのが永福展示場に建てた洋風住宅。入場、契約とも抜群の成績を見せた。
これにヒントを得て、協力設計事務所を対象に「洋風住宅の設計コンペ」を行った。こうしてウィンザー、マッキンレーという洋風モデルが開発され、あっという間に累積赤字が解消され、三井ホームはあっという間に優良企業に脱皮した。

たしかにツーバィフォーには地震と火災に強いという謳い文句はあった。だが、三井ホームを急成長させたのは洋風のデザインだった。
これが契機となり、以来日本の住宅業界はファッショナブルなデザイン化の道を突き進むことになる。いわゆる住宅のカラーテレビ化が始まった。
そして、ご存じの輸入住宅ブームが起きた。
私が年商7億円の木軸の中小ビルダーに単身で乗り込み、ツーバィフォーを武器に7年間で年商100億円の企業に変身させられたのも、三井ホームのカラー化、デザイン化の商品開発事例を目撃していたからにすぎない。
そして、美しいデザインを求めて北米を駆けめぐった。しかし、赤毛のアンのプリンスエドワード島のアーリーアメリカン以上のものには出会えなかった。
そこで、ヨーロッパを駆けめぐった。
しかし、ビクトリア、ジョージア、スパニッシュ、プロヴァンス以外のデザインを発見することが出来なかった。

それなのに、期待もしていなかったドイツの、しかもハイデルベルグという地方都市の片隅に、世界中で最も美しい歴史的なデザインを選りすぐって集めてきて展示している「西洋館の宝庫」と言える街並があろうとは…。
今まで、誰1人としてこのことを書いていない。観光案内書のどこにも出ていない。
これほど優れた観光資源はないはずなのに…。
40回近くの海外視察の中で出会った、間違いなく最高のロケーション。
文字通り、百年来の恋人に出会ったようなときめき…。


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車から降りて、写真もとらずに1つ1つのデザインを吟味し、心の底から堪能し、眼の底に焼き付けるようにゆっくり鑑賞して回った。
日暮れが迫っていたので、摂れた写真は数葉だけ。
なにしろ、延々と2キロ以上にわたってこのような風景が続くのだから、デザイン開発担当者にとっては垂涎のロケーション。デジカメで摂りだしたら200枚以上は必要になる…。
翌朝は朝食抜きで対岸に渡り、写真を摂り回る計画を建てた。

ところがこの時期、ヨーロッパの朝の外気は冷える。
このため、川とか湖の温かい水面から霧が蒸発し、午前中は霧に包まれることが多いということを知ったのは翌朝の5時。
霧雨で、シャッターチャンスがなくなった。
その口惜しさといったら…。
しかし、これから多くの日本人がハイデルベルクを訪れるだろう。
そして、私達に変わってこの美しいロケーションを日本へ紹介し、住宅産業人の美意識を変革してくれることだろう。
口惜しいけれども、一瞬でも美しい映像を脳裏に焼き付けることが出来たことを感謝すべきだと考えを変えることにした。

それにしても、上の写真は美しすぎる。
最近の、日本のシンプルモダンに馴らされた眼には過剰装飾に見える。
だが、住宅に携わる者にとって、住宅のデザイン史を知る上でこれほど勉強になる場所はない。
スパニッシュとプロヴァンスと日本の和風建築以外のすべてのデザインが、その壮烈な美しさを競いあっている…。
ともかく、ヒントがザクザク詰まった宝の山と言うか「宝の丘」。

それとも、そのように感じる私の審美眼そのものが、もはや時代遅れになってきているという証拠なのだろうか?…

posted by unohideo at 03:14| Comment(0) | TrackBack(1) | 海外情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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